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日記
時事ネタ
なでしこ、敗れる。でも、戦いはまだ終わっていない。
先ほど、北京スタジアムで行われた試合で、なでしこジャパンはアメリカに4−2で敗戦し、銀メダル以上の可能性は潰えた。
21日の三位決定戦で、ドイツと対戦し、銅メダルを狙うことになる。
うーん・・・悔しい敗戦。
前日、日本代表に熱くなり過ぎ、恥ずかしい日記を書いたので、今日は冷静に。考えてみれば、すごい大胆な、偉そうなことを書いた。深夜テンション、恐るべし。
今日の敗戦は、まあ実力どおりと言えばそれまでだったと思う。
試合開始当初は、明らかにアメリカの方が重圧を感じていたように見えた。あまりボールを持たずに、長いボールを早めに入れてくる。日本が得たコーナーキックでは、やはり足が止まっており、大野のゴールで日本が先制した。
しかし、それで吹っ切れたのか、人数をかけてアメリカが攻めに出ると、日本が消極的になり、アメリカは徐々にペースをつかんでいった。
失点自体は、キーパー福元のミスによるところが大きい。まあ、ミスじゃないとか、身長が低いキーパーを使っている監督が悪いとか、色々意見はあるだろうが、客観的に見て、キーパーが防ぐべき失点は、少なくとも2点あった。
背が小さいのは今日気付いたわけではないだろうから、弱点を得意分野に変えるべく努力が必要だったし、努力してきただろう。なにより、キーパーの福元は、ゲーム開始当初から、裏へのボールの反応が遅かったり、判断を誤ったり、キックが正確に蹴れないなど、明らかに堅さが伺えた。経験不足と言えばそれまで。
身長というより、経験とメンタリティの部分が大きかったように思う。とはいえ、自分のプレーは自分が一番良くわかっているだろうし、おそらく今夜は責任を感じるだろう。ニュージーランド戦でもPKにタッチしながらゴールを割っており、メンタルの状態がプレーに大きく影響することは、これまでのプレーからも推察できた。
周囲が福元のメンタルに配慮して、適切なコーチングをして、三位決定戦では挽回するぐらいの活躍を望みたい。
4つ奪われたゴールのうち、3つに触っている以上、悔しさは手に残るだろう。その悔しさを、絶対に忘れないで欲しい。
とはいえ、なでしこの戦いには満足度が高い。「惜しい」と思うからこそ、悔しいし、様々な批判も出る。しかし、今大会で大きな足跡を残したことは間違いない。男子顔負け、というか男子以上かもしれないテクニックと、仕掛けていく気持ちは、見ていてすがすがしいし、応援したくなる。
実際、終盤荒川と丸山を投入し、その二人が2点目をたたき出した。丸山は益々キレが増したように見える。あのアメリカのDFを終盤といえ完全に振り切り、しかけの形を作った。荒川へのスルーパスも、ビデオで見る限りオフサイドではなかったが、もう周辺のや外的要因のことを訴えても意味がないことは、多くのサッカーファンが気付いている。
2点目のきっかけになる突破は、「男子以上」の仕掛けだった。丸山自身、今ひとつ出し切れていないイメージがあったが、今日は吹っ切れたように見えたし、なにより充分なほど「気持ち」が見えた。もう一回チャンスがある。勝利に貢献する突破を見たい。
荒川のフィジカルの強さと、ゴールに直結する動きも、もう少し早い段階で使えなかったか、という気になる。ケガの状態にもよるのだろうが、相手が永里に慣れてきた時間帯で早めに投入しても面白いと思う。
いずれにせよなでしこは、「応援したい」と思わせるのに充分な試合をした。この結果には、「ああ、キーパーがな・・・」とか、「矢野がなー」とか、たら、れば、を言いたくなる。それは充分に、勝つチャンスがあると感じさせるゲームをした証拠だ。
アメリカも日本を警戒していたと思う。序盤の消極的な展開と堅さに加えて、後半の冒頭からスタミナ切れを起こしていたのは、明らかに前半重圧を感じていたからだ。それでも、消極的な守備を繰り返し、かつつなぎに入っても右利きで、セーフティにボールをつなげない矢野に的を絞って、日本の左サイドを徹底的に攻略し、4点目はキックミスだろうが、キーパーの頭上を徹底して狙ったようにも思える。
日本は、守備の問題が露呈したことは間違いないが、反面、攻撃面での弱点も浮き彫りになった。近賀と安藤を入れ替えたが、近賀が前だとゴール前の迫力は増すが、ボール回しはドリブルが上手い安藤の方が良い。また、アメリカが引いてブロックを作ると、永里大野は起点を作れず、パスが前に進んでいかなかった。それは予選リーグの時と同じだ。
永里と大野に前を向かせないというコンセプトがハッキリしていた。その上で、講じるべき打開策は、早めに打つべきだったのかもしれない。
相変わらず、中途半端なミスパスも多く、攻撃的なメリットは活かせなかった。また、なでしこの弱点とも強みともいえる「感情的になる」せいで、無理に突破をしたり、フリーな味方を使わずに勝負に行って失うボールも多かっただけに、アメリカだからと意識しすぎず、自信を持ってゆったりした気持ちで攻撃しても良かったと思う。
落ち着いて攻めるなでしこの決定力は相当なものなので、三位決定戦では、力を抜いて、相手をじっくり見て攻めて欲しい。
もう一度基本に返って、永里・大野を基点に、宮間・安藤からの展開と、中央からの仕掛けを冷静に行って欲しい。それでも2得点あげているわけだから、攻撃力が無いということは無いだろう。
もうひとつ弱点として露呈されたのは、やはり池田だろう。
池田が身体的に大きく不利なのはわかっていた。アテネの時も、池田のオフサイドトラップを破られて失点して負けているが、今回はそれを警戒しすぎたのか、直接のフィジカルコンタクトが甘くなり失点に絡んだ。
単純な走りあいで競り負けたり、カバーを捨てて直接ボールにアタックすべき部分でも消極的な動きが見られた。前回のアテネの時も、日本最高のDFが池田である以上、池田の限界が日本の限界になると感じていたが、今大会はラインコントロールの精度を上げ、奮闘していた。それでも、直接のコンタクトでの弱さはあったので、その部分が結果に現れてしまった形だ。
1点目はサイドからのクロスをスルーされフリーで決められたが、やはりゴールエリア内なのだから、ボールとFWにチャレンジすべきだ。あそこでシュートコースに入るのか、相手に寄せるのか、非常に中途半端なポジショニングを取ってしまった。
また、2点目の場面も、コースを切りに行ったのだろうが、明らかにシュートを打つスペースがあったのだから、スライディングで身体を投げ出しても良かった。池田の感覚として、もう少し前のゾーンでのディフェンスを行っているような感覚だったのではないかと思う。ペナの前のゾーンなら、あれでも良いと思うが、ペナの中ではリスクを冒してブロックに行くべきだ。
2点目のシュートは、ヘンにチェンジアップのようなあたりになり、福元も目測を誤ったのだろう。特に大きくジャンプせず、手だけにタッチに行ってちゃんとタッチできなかった。そのあたりは、非常にアンラッキーだったと思う。
また、前半の後半追いつかれてからは、日本が気持ち的に引いてしまった。後半についてもいえるが、池田の生命線はラインコントロールであり、それが正常に機能するには、澤・阪口と、2トップのチェイシング、及びワンサイドカットが前提になる。しかし、全体的に間延びさせられ、ロングボールとランニングを繰り返された結果、池田も高いラインをとり続けることが出来なくなり、スペースが生まれてしまった。結果、ディフェンス自体が組織性を失い、多くの時間、相手に自由に突破を許してしまった。
私は、近賀を初めから前にするのではなく、ディフェンスで受けきり、池田ディフェンスの生命線であるゾーンディフェンスを機能させるため、最初は右サイドバックのままでよい気がした。特に変える必要性も感じなかった。成功していたのだから。
指揮官になると、やはり変えたくなるものなのかもしれないが、自分達に本当に自信を持っているなら、奇策ではなくスタンダードな布陣での闘いを選択してほしかった。その点は、3位決定戦でも気になるところだ。
今までどおりに、通常通りに試合に入って欲しい。高い精度で完成されたゾーンディフェンスは、相手が研究してきても、さほど大崩することはない。選手間の距離をまずは短く保ち、相手の体力が落ちてきたところで精度の高いカウンターとパスサッカーを落ち着いて展開し、逃げ切って欲しい。今日はシュート自体も少なかった。ノルウェー戦、中国戦でのパフォーマンスが良かっただけに、その点は残念だ。
しかし、コンディション的に苦しいところかな、というのも感じた。これまで、出し惜しみせず走り続けてきたなでしこは、本当に疲れているように見えた。北京にノルウェー戦で来て、また地方へいき、また北京。男子と違って、優れた環境ではなかっただろうから、疲れが出て当然。これまで高いパフォーマンスを維持してきたこと自体が驚異的だ。
実際、あまり出場の無かった荒川と丸山、原らのコンディションは非常によく、相手のコンディションを圧倒していた。三位決定戦は、早めの選手交代で、総力戦で闘って欲しい。
それにしても、中国という国は本当に・・・といいたくなってしまう。日本の好プレーはおろか、審判の客観的なジャッジにすらブーイングを上げ、アメリカのゴールに「USAコール」を送った。直接対決で日本が勝っているから、ある意味では当然なのだが、国際的なスポーツイベントの観戦マナーという観点から見れば、もう少し常識的で中立な反応をして欲しい。と、つい思ってしまう。負け惜しみみたいだが。
それでもなでしこには勝って欲しい!と思ってしまうが、大歓声が上がれば指示の声は通りにくくなり、実際やりにくい。声は身体にも響くし、疲労の原因にもなる。
とにかく、なでしこには一度ゆっくりやすんで、三位決定戦はご褒美だた思って、自分達のサッカーを思い切り展開して欲しい。もちろん、勝利も狙って欲しい。
ブラジルードイツ戦を見る限り、ドイツはエースフォワードが出場停止になったし、アメリカと同じようなフィジカルサッカーを見せてくる。今日の結果を反省し、又成長した姿を見せて欲しいものだ。それでも、アメリカやブラジルほど、ビックリするような個人技があるわけではない。何より守備が堅く、確実で速いカウンターを仕掛けてくるので、簡単に勝てる相手ではもちろん無いが、セットプレーなど含め、チャンスは大いにあると思っている。
本来、3位決定戦となれば結果を重視すべきところなのかもしれないが、なでしこに関しては、内容を求めたい。今回はフロックではなく、「質の高い内容」を背景に上位に進出してきたと私は解釈している。
戦前から、結構闘えるのではないかと思っていた。アメリカに9−0で負けた9年前や、中国や北朝鮮に勝てなかった時代を思えば、ずっとコンパクトで現代的になり、テクニックを持つ若手も多数出てきた。
そうした今の「なでしこジャパン」を最大限表現し、内容に対して自分達が自信を持つこと、そして日本のファンにそれを見せることが、次の発展に繋がる。
ここで下手に「上位には今のサッカーは通じない」なんて、思う必要は無いのだ。今のまま、もっと精度をあげ、経験を積んでいけば、もっと良い戦いが出来るようになると思う。選手達が、厳しい生活環境でプレーを続けていることをしり、私もたまにはスタジアムに行かなければと反省している。
それにしても、澤は本当に素晴らしいと思う。頭が下がる思いだ。
今日は、フリーのヘディングを二度外したり、守備組織の統制がおろそかになったり、あの澤も流石に「熱くなって力んでいる」様子が伺えたが、ここまでの功績は本当に大きい。
何よりもいつも前向きに、果敢に挑んでいく姿は、本当に感動を覚える。今大会を振り返る上で、非常に優秀な選手の一人としてピックアップされる活躍だろう。
ブラジルのFWやアメリカのMFのような個人技や派手なミドルシュートがあるわけではないが、守備にも攻撃にも大きく貢献し、決定的なゴールにも絡んでいる(その多くは宮間から生まれており、宮間の貢献度も特筆すべきだ。)。
大野にせよ、永里にせよ、荒川や丸山にせよ、攻撃的なタレントに期待を持てる魅力的なプレーヤーが多くいることもいいことだが、何より中心軸で躍動する澤の姿は、チームに元気と勇気を与えるのに充分だ。
そろそろ世代交代か、というポジションも見えるなかで、本人が希望するかどうかはわからないが、私は澤に、あと4年頑張って欲しい。同じ運動量とフィジカルを求めるわけではないが、途中出場であっても澤がもたらすリズムとチャレンジする気持ちは、なでしこジャパンの大きな原動力になっていると感じる。
また、そんな澤が奮闘し、高い壁にさえぎられる様子を思い切り表現することが、新しい才能を生むのに大きく貢献するだろう。
私が見ていても悔しいのだから、実際に今サッカーをしている女子選手は、本当に悔しいだろう。私がやってやる、と是非多くの人に思って欲しい。出来ないことはない。あきらめずにやれば出来ることを、なでしこ達は充分に表現してくれているからだ。その意味でも、今回のベスト4進出は、4位で終わっても、非常に大きな意味がある。
3位決定戦は、期待しないように見ようと思っても、どうしても期待してしまう。
でも今は、何より、なでしこジャパンのメンバーが、本当に心から「これ以上ないほど、悔いが残っていない」と言える、フルパフォーマンスのゲームが出来ることを、心から祈るばかりである。
21日の三位決定戦で、ドイツと対戦し、銅メダルを狙うことになる。
うーん・・・悔しい敗戦。
前日、日本代表に熱くなり過ぎ、恥ずかしい日記を書いたので、今日は冷静に。考えてみれば、すごい大胆な、偉そうなことを書いた。深夜テンション、恐るべし。
今日の敗戦は、まあ実力どおりと言えばそれまでだったと思う。
試合開始当初は、明らかにアメリカの方が重圧を感じていたように見えた。あまりボールを持たずに、長いボールを早めに入れてくる。日本が得たコーナーキックでは、やはり足が止まっており、大野のゴールで日本が先制した。
しかし、それで吹っ切れたのか、人数をかけてアメリカが攻めに出ると、日本が消極的になり、アメリカは徐々にペースをつかんでいった。
失点自体は、キーパー福元のミスによるところが大きい。まあ、ミスじゃないとか、身長が低いキーパーを使っている監督が悪いとか、色々意見はあるだろうが、客観的に見て、キーパーが防ぐべき失点は、少なくとも2点あった。
背が小さいのは今日気付いたわけではないだろうから、弱点を得意分野に変えるべく努力が必要だったし、努力してきただろう。なにより、キーパーの福元は、ゲーム開始当初から、裏へのボールの反応が遅かったり、判断を誤ったり、キックが正確に蹴れないなど、明らかに堅さが伺えた。経験不足と言えばそれまで。
身長というより、経験とメンタリティの部分が大きかったように思う。とはいえ、自分のプレーは自分が一番良くわかっているだろうし、おそらく今夜は責任を感じるだろう。ニュージーランド戦でもPKにタッチしながらゴールを割っており、メンタルの状態がプレーに大きく影響することは、これまでのプレーからも推察できた。
周囲が福元のメンタルに配慮して、適切なコーチングをして、三位決定戦では挽回するぐらいの活躍を望みたい。
4つ奪われたゴールのうち、3つに触っている以上、悔しさは手に残るだろう。その悔しさを、絶対に忘れないで欲しい。
とはいえ、なでしこの戦いには満足度が高い。「惜しい」と思うからこそ、悔しいし、様々な批判も出る。しかし、今大会で大きな足跡を残したことは間違いない。男子顔負け、というか男子以上かもしれないテクニックと、仕掛けていく気持ちは、見ていてすがすがしいし、応援したくなる。
実際、終盤荒川と丸山を投入し、その二人が2点目をたたき出した。丸山は益々キレが増したように見える。あのアメリカのDFを終盤といえ完全に振り切り、しかけの形を作った。荒川へのスルーパスも、ビデオで見る限りオフサイドではなかったが、もう周辺のや外的要因のことを訴えても意味がないことは、多くのサッカーファンが気付いている。
2点目のきっかけになる突破は、「男子以上」の仕掛けだった。丸山自身、今ひとつ出し切れていないイメージがあったが、今日は吹っ切れたように見えたし、なにより充分なほど「気持ち」が見えた。もう一回チャンスがある。勝利に貢献する突破を見たい。
荒川のフィジカルの強さと、ゴールに直結する動きも、もう少し早い段階で使えなかったか、という気になる。ケガの状態にもよるのだろうが、相手が永里に慣れてきた時間帯で早めに投入しても面白いと思う。
いずれにせよなでしこは、「応援したい」と思わせるのに充分な試合をした。この結果には、「ああ、キーパーがな・・・」とか、「矢野がなー」とか、たら、れば、を言いたくなる。それは充分に、勝つチャンスがあると感じさせるゲームをした証拠だ。
アメリカも日本を警戒していたと思う。序盤の消極的な展開と堅さに加えて、後半の冒頭からスタミナ切れを起こしていたのは、明らかに前半重圧を感じていたからだ。それでも、消極的な守備を繰り返し、かつつなぎに入っても右利きで、セーフティにボールをつなげない矢野に的を絞って、日本の左サイドを徹底的に攻略し、4点目はキックミスだろうが、キーパーの頭上を徹底して狙ったようにも思える。
日本は、守備の問題が露呈したことは間違いないが、反面、攻撃面での弱点も浮き彫りになった。近賀と安藤を入れ替えたが、近賀が前だとゴール前の迫力は増すが、ボール回しはドリブルが上手い安藤の方が良い。また、アメリカが引いてブロックを作ると、永里大野は起点を作れず、パスが前に進んでいかなかった。それは予選リーグの時と同じだ。
永里と大野に前を向かせないというコンセプトがハッキリしていた。その上で、講じるべき打開策は、早めに打つべきだったのかもしれない。
相変わらず、中途半端なミスパスも多く、攻撃的なメリットは活かせなかった。また、なでしこの弱点とも強みともいえる「感情的になる」せいで、無理に突破をしたり、フリーな味方を使わずに勝負に行って失うボールも多かっただけに、アメリカだからと意識しすぎず、自信を持ってゆったりした気持ちで攻撃しても良かったと思う。
落ち着いて攻めるなでしこの決定力は相当なものなので、三位決定戦では、力を抜いて、相手をじっくり見て攻めて欲しい。
もう一度基本に返って、永里・大野を基点に、宮間・安藤からの展開と、中央からの仕掛けを冷静に行って欲しい。それでも2得点あげているわけだから、攻撃力が無いということは無いだろう。
もうひとつ弱点として露呈されたのは、やはり池田だろう。
池田が身体的に大きく不利なのはわかっていた。アテネの時も、池田のオフサイドトラップを破られて失点して負けているが、今回はそれを警戒しすぎたのか、直接のフィジカルコンタクトが甘くなり失点に絡んだ。
単純な走りあいで競り負けたり、カバーを捨てて直接ボールにアタックすべき部分でも消極的な動きが見られた。前回のアテネの時も、日本最高のDFが池田である以上、池田の限界が日本の限界になると感じていたが、今大会はラインコントロールの精度を上げ、奮闘していた。それでも、直接のコンタクトでの弱さはあったので、その部分が結果に現れてしまった形だ。
1点目はサイドからのクロスをスルーされフリーで決められたが、やはりゴールエリア内なのだから、ボールとFWにチャレンジすべきだ。あそこでシュートコースに入るのか、相手に寄せるのか、非常に中途半端なポジショニングを取ってしまった。
また、2点目の場面も、コースを切りに行ったのだろうが、明らかにシュートを打つスペースがあったのだから、スライディングで身体を投げ出しても良かった。池田の感覚として、もう少し前のゾーンでのディフェンスを行っているような感覚だったのではないかと思う。ペナの前のゾーンなら、あれでも良いと思うが、ペナの中ではリスクを冒してブロックに行くべきだ。
2点目のシュートは、ヘンにチェンジアップのようなあたりになり、福元も目測を誤ったのだろう。特に大きくジャンプせず、手だけにタッチに行ってちゃんとタッチできなかった。そのあたりは、非常にアンラッキーだったと思う。
また、前半の後半追いつかれてからは、日本が気持ち的に引いてしまった。後半についてもいえるが、池田の生命線はラインコントロールであり、それが正常に機能するには、澤・阪口と、2トップのチェイシング、及びワンサイドカットが前提になる。しかし、全体的に間延びさせられ、ロングボールとランニングを繰り返された結果、池田も高いラインをとり続けることが出来なくなり、スペースが生まれてしまった。結果、ディフェンス自体が組織性を失い、多くの時間、相手に自由に突破を許してしまった。
私は、近賀を初めから前にするのではなく、ディフェンスで受けきり、池田ディフェンスの生命線であるゾーンディフェンスを機能させるため、最初は右サイドバックのままでよい気がした。特に変える必要性も感じなかった。成功していたのだから。
指揮官になると、やはり変えたくなるものなのかもしれないが、自分達に本当に自信を持っているなら、奇策ではなくスタンダードな布陣での闘いを選択してほしかった。その点は、3位決定戦でも気になるところだ。
今までどおりに、通常通りに試合に入って欲しい。高い精度で完成されたゾーンディフェンスは、相手が研究してきても、さほど大崩することはない。選手間の距離をまずは短く保ち、相手の体力が落ちてきたところで精度の高いカウンターとパスサッカーを落ち着いて展開し、逃げ切って欲しい。今日はシュート自体も少なかった。ノルウェー戦、中国戦でのパフォーマンスが良かっただけに、その点は残念だ。
しかし、コンディション的に苦しいところかな、というのも感じた。これまで、出し惜しみせず走り続けてきたなでしこは、本当に疲れているように見えた。北京にノルウェー戦で来て、また地方へいき、また北京。男子と違って、優れた環境ではなかっただろうから、疲れが出て当然。これまで高いパフォーマンスを維持してきたこと自体が驚異的だ。
実際、あまり出場の無かった荒川と丸山、原らのコンディションは非常によく、相手のコンディションを圧倒していた。三位決定戦は、早めの選手交代で、総力戦で闘って欲しい。
それにしても、中国という国は本当に・・・といいたくなってしまう。日本の好プレーはおろか、審判の客観的なジャッジにすらブーイングを上げ、アメリカのゴールに「USAコール」を送った。直接対決で日本が勝っているから、ある意味では当然なのだが、国際的なスポーツイベントの観戦マナーという観点から見れば、もう少し常識的で中立な反応をして欲しい。と、つい思ってしまう。負け惜しみみたいだが。
それでもなでしこには勝って欲しい!と思ってしまうが、大歓声が上がれば指示の声は通りにくくなり、実際やりにくい。声は身体にも響くし、疲労の原因にもなる。
とにかく、なでしこには一度ゆっくりやすんで、三位決定戦はご褒美だた思って、自分達のサッカーを思い切り展開して欲しい。もちろん、勝利も狙って欲しい。
ブラジルードイツ戦を見る限り、ドイツはエースフォワードが出場停止になったし、アメリカと同じようなフィジカルサッカーを見せてくる。今日の結果を反省し、又成長した姿を見せて欲しいものだ。それでも、アメリカやブラジルほど、ビックリするような個人技があるわけではない。何より守備が堅く、確実で速いカウンターを仕掛けてくるので、簡単に勝てる相手ではもちろん無いが、セットプレーなど含め、チャンスは大いにあると思っている。
本来、3位決定戦となれば結果を重視すべきところなのかもしれないが、なでしこに関しては、内容を求めたい。今回はフロックではなく、「質の高い内容」を背景に上位に進出してきたと私は解釈している。
戦前から、結構闘えるのではないかと思っていた。アメリカに9−0で負けた9年前や、中国や北朝鮮に勝てなかった時代を思えば、ずっとコンパクトで現代的になり、テクニックを持つ若手も多数出てきた。
そうした今の「なでしこジャパン」を最大限表現し、内容に対して自分達が自信を持つこと、そして日本のファンにそれを見せることが、次の発展に繋がる。
ここで下手に「上位には今のサッカーは通じない」なんて、思う必要は無いのだ。今のまま、もっと精度をあげ、経験を積んでいけば、もっと良い戦いが出来るようになると思う。選手達が、厳しい生活環境でプレーを続けていることをしり、私もたまにはスタジアムに行かなければと反省している。
それにしても、澤は本当に素晴らしいと思う。頭が下がる思いだ。
今日は、フリーのヘディングを二度外したり、守備組織の統制がおろそかになったり、あの澤も流石に「熱くなって力んでいる」様子が伺えたが、ここまでの功績は本当に大きい。
何よりもいつも前向きに、果敢に挑んでいく姿は、本当に感動を覚える。今大会を振り返る上で、非常に優秀な選手の一人としてピックアップされる活躍だろう。
ブラジルのFWやアメリカのMFのような個人技や派手なミドルシュートがあるわけではないが、守備にも攻撃にも大きく貢献し、決定的なゴールにも絡んでいる(その多くは宮間から生まれており、宮間の貢献度も特筆すべきだ。)。
大野にせよ、永里にせよ、荒川や丸山にせよ、攻撃的なタレントに期待を持てる魅力的なプレーヤーが多くいることもいいことだが、何より中心軸で躍動する澤の姿は、チームに元気と勇気を与えるのに充分だ。
そろそろ世代交代か、というポジションも見えるなかで、本人が希望するかどうかはわからないが、私は澤に、あと4年頑張って欲しい。同じ運動量とフィジカルを求めるわけではないが、途中出場であっても澤がもたらすリズムとチャレンジする気持ちは、なでしこジャパンの大きな原動力になっていると感じる。
また、そんな澤が奮闘し、高い壁にさえぎられる様子を思い切り表現することが、新しい才能を生むのに大きく貢献するだろう。
私が見ていても悔しいのだから、実際に今サッカーをしている女子選手は、本当に悔しいだろう。私がやってやる、と是非多くの人に思って欲しい。出来ないことはない。あきらめずにやれば出来ることを、なでしこ達は充分に表現してくれているからだ。その意味でも、今回のベスト4進出は、4位で終わっても、非常に大きな意味がある。
3位決定戦は、期待しないように見ようと思っても、どうしても期待してしまう。
でも今は、何より、なでしこジャパンのメンバーが、本当に心から「これ以上ないほど、悔いが残っていない」と言える、フルパフォーマンスのゲームが出来ることを、心から祈るばかりである。
時事ネタ
北京オリンピック・サッカー 私は、悔いが残る。
結局、男子はオランダにも不可解なPKを与えて敗れてしまった。
それ以来、様々なWEBメディアでは、「犯人探し」と「今回の結果についての検討」が始まった。それらは非常に興味深いものである。私の結論としては、個別の選手起用についてはどうとも言えないが、戦術・戦略論については非常に妥当だと思う。
また、WEBメディアで批判を展開することについては、「純然たる意見感想」であれば良いと思うが、「人格的批判」や、「事実無根の中傷」は良くないと思う。それをしていれば、また表現の場、意見交換の場は失われる。単なるからかいはやめるべきだ。
しかし、そんな中にも、書き込んだものの感情を、協会と選手監督は感じるべきだ。自分も出たいし、応援しているからこその怒りなのだということを。
反町監督は帰国後の記者会見でも「悔いはない」と発言し続けた。おそらく、本人もその部分にそこまで反響があるとは思っていなかったのではないか。言いながらも、「なぜそればかり聞くんだ」という表情に、私には見えた。それは、日本でどんなことになっているか、知らないからではないのか。マスコミは、反町監督が会見を開くたび、「本当に悔いは無いのか」という事を問い続けた。
さて、事実は、どうだっただろうか。
確かに、オーバーエイジが使えなかったのは痛い。協会に落ち度があったことを犬養会長は認めている。選考が遅れたのなら、監督以下スタッフにも責任はある。
ふたを開けてみた試合や相手はどうだったか。
私の結論は、「日本は全勝できた。」と思う。反町監督とは同じ戦略戦術ではなかったので、厳密には言えないが、反町監督も同意見だったと思う。
特にオランダは酷かった。動きもせず、ボールをもてもしない年寄りFWを二枚前に置き、自慢のパス回しは影を潜め、荒れたピッチにボールタッチはずさんだった。ナイジェリアの方が、よほど良かった。ほとんど攻めてもなく、引いて守って精度の低いカウンターを繰り返し、ほとんど動けないマカーイを最後まで使う。意味がわからない。本気で勝つ気があったのかすら疑問だ。
日本が勝てなかった理由は単純だ。得点が取れなかったから。
3戦通じて、「守備」は通用していた。しかしそれは、諸刃の剣である。中盤の人数を増やして、常に相手を追廻、囲い込み、ボールを奪う。相手のよさを消し、どんな相手に対してもある程度守備については計算出来る。
しかし、反面攻撃に使うエネルギーも失ってしまう。だから、ゴール前に行けば精度を欠き、ボールをキープすれば、なんとかして相手のプレッシャーをかいくぐり、結果、最終ラインでボールをまわすか、サイドから崩すかだけになる。もちろんその間に相手のDFは引いてゴール前、とりわけ中央を固めるため、サイドからの仕掛けに充分な準備が整うのである。
そこから先のシナリオを、不思議なほど日本人監督は描けない。
そして、外国人監督に頼ればこういわれる。
「最後は個人の能力だ」と。
そして、今日本で主流となろうとしている、トレンドの戦術、「人数をかけて奪い、すばやく攻める」という戦術は、「弱者の発想」である。
その背景には、ドイツワールドカップでの、ブラジル戦の敗戦があるのではないだろうか。
追いかけても追いかけても、ボールが奪えない。だから網を張ってボールを奪い、少ないチャンスで全力を出してゴールを奪うしかない。岡田監督の発想などは、まさに「弱者の発想」で嫌になる。走れない選手は使わない、と言っても、走って作る攻撃の形を実現できていない以上は、事実上「守備のために走れない選手は」という理由であって、攻撃的センスを持っている選手の才能を、守備的価値観でつぶしてしまう。
冷静に考えて、攻撃に特徴のある選手すら、「常に」全速力で走って守備に専念しろ、と指示してよさを消してしまうのは、代表監督とはいえあまりにも傲慢ではないのか。選手を出している、クラブ側の人はなぜ怒らないのか。常に走り回って守備にあたれる選手じゃないと、失点しそうで怖い、というのなら、弱者そのものである。
それならば、ロベルト・バッジオだって、ロマーリオだってペレだって、ジダンだって、Cロナウドだって、生まれてくるはずが無いじゃないか。
オシムが言っていた「水を運ぶ選手が必要だ」というのは、「役割分担を明確にすべきだ」という事ではないのか。守備は両CBと鈴木啓太に任せ、前は自由に走らせる。ポイントは、「フリーな選手を使う」ことであって、1トップ下で勝負することではない。
サイドも含めて、あらゆる選手がゴール前にフリーランニングを繰り出せば、誰かは必ずフリーになる。それに、「フリーな選手が攻める」と考えれば、ボランチでもカウンター時のFWになるし、サイドを崩したときCBがFWになったって良いわけである。それが「多様性」ではなかったのか。
しかし、今回のオリンピックでは、「弱者の発想」は功を奏した。ナイジェリアとオランダという国名だけ聞いて、弱者の戦術を選択したことについて不満は残るが、比較的妥当ではある。実際、守備は成功していたと思う。特にアメリカ戦のチャンスはあったが、森重や本田拓、細貝といったところは、今回の最大の収穫と言えるのかも知れない。しかし、それでは点が取れなかった。
でもそんなこと、トルシエの時代からわかりきっていたではないか。
中央を固めた相手をどう崩すか。そのために生まれたのは、ジーコ流の「個人の能力」ではなく、オシムの「ポリバレントなフリーランニング」ではなかったのだろうか。
その後、ジーコ監督になって、日本代表の戦術的強みは失われた。ルールの無い個人頼みの守備戦術で、死ぬほどボールをまわされるのは当たり前だ。日本人は身体的に優れているわけではないのだから。
だから、トルシエ時代の教訓に戻ればいい。トルシエ時代の守備は、「オフサイドを取る」ことが目的ではない。あくまでもコンパクトに保つことで、個人的能力による勝負を避けることだったように思う。
そうすれば、どんな相手にも守備はある程度安定させることが出来る。森岡はラインを低く設定し、失点を防いだ。宮本は、積極的にラインの上げ下げを駆使してゲームコントロールに徹した(ようにみえた)。結果的に、トルシエのコンセプトを理解していたのは、宮本だったように思う。
ところが、反町ジャパンに限らず、今はトルシエ時代より守備的になっているのだ。追いかける割に、ラインをさほど高く保たないからだ。相手のフリーランニングには「徹底的に」ついていく。オシム時代にサウジアラビアに敗れたのも、CBがライン設定をあいまいにしてスペースが生まれ、その分スペースを必要とするサウジのFWの特徴が生かされてしまったように思う。その部分は、オシム氏のサッカーの中で私が納得できない部分である。日本人のDFにそれは厳しいのではないかと。
そしてそこが、結果を出しているなでしこジャパンとの違いである。
日本は勝つことが出来たと思う。どうすれば?
一番は、浅いラインを保つことだ。コンパクトにすることだ。個人能力が高いナイジェリア相手の時などは、特にそうだ。私はそう思う。
日本陣内に入ってからチェイスを強める今回の戦術は、アトランタの時の戦術に近い。これがアトランタなら、話はわかる。今回のナイジェリア・オランダよりも、当時のナイジェリア・ブラジルは、個人のレベルが2,3段レベルが上だったからだ。
なでしこジャパンはもう少し前のゾーンからプレスをかける。ボランチの澤の指示で、大野と永里が適切な「ワンサイドカット」を仕掛け、詰まったところですかさずラインを押し上げる。相手が下がる。必然的にボールを奪う位置は前になる。その上、ボールを奪えば、前の二人が1対1で勝てる。そこで、新たに浅いラインを作る時間と余裕が生まれる。まず必要なのは、「ワンサイドカット」の技術なのである。
逆に、池田のラインコントロールが失敗に終わったり、ラインを引かされたときなどは、放り込みに対して身体的強みがないため、ピンチになり、なかなかクリアできない。
また、ラインが下がれば、上下動の距離が長くなる。確かに反町ジャパンは、そういう意味でのフィジカルはそれなりに立派で、激しい上下動を繰り返した。しかし、ラインが浅いほうが効率的だ。澤や阪口がボランチの位置(もしくはセントラルMF)で前線に絡めるのは、何より最終ラインが浅いため、上下動の運動量が削減できるからなのだ。
トルシエ時代の中村俊輔が中心軸から外された理由が私にはわかる。それは、彼がきちんとしたワンサイドカットを徹底できなかったからだ。そこでチェイスを回避されて、あっさり逆を向かれると、最終ラインは逆サイドの空いたスペースへのリスクに対応し、ラインを下げざるを得なくなる。
そこで、それまでのディフェンスによるラインコントロールやチェイシングが、意味を成さなくなる。体力がより必要となる。ずっと攻撃的MFをやってきた彼に、ワンサイドカットの基本を求めても、教えられなければわかるはずが無いと、私は思っていた。しかし、最後まで彼は組織的な守備にフィットしなかった。今も怪しい。
もちろん一方で、一撃必殺で点を取れる能力を活かせばよかったのでは、という議論もわかる。結果はどちらが良かったとは言えないが、「グループリーグ突破」を必須として、経験のない日本代表を押し付けられた、立場の弱い無名の外国人監督の立場から見れば、FWも含めてチェイスすることも前提としていた以上、守備的負担の軽い1.5列目のFWとして使うとしても、中村はフィットしないと考えたのだろう。
また、前線に置いてもポイントになれるフィジカルがない。(当時は。今はわからない。)つまり彼は、「自分の得意分野」でしか、チーム戦術のメリットを発揮できない選手だった。むしろ全体的にはマイナスの原因となってしまう恐れすらある。
彼が得意分野を活かすには、ある程度のスペースが必要で、スペースを作る必要があるということは、日本の守備にとってもリスクを生むことになる。
その理由はなでしこと同じ。DFに圧倒的な個人的、肉体的強みがないからだ。1対1では、簡単にやられてしまう恐れがあるからだ。
チェイシングは、「走れるだけ」では、意味が無いのである。とりわけ、ドイツWカップでのブラジルのような相手には。
チェイシングは、フィジカル的にも少なくともファウルで止めるぐらいのフィジカルがあり、後ろの陣形と連携を取りながら、「意図的に相手を動かしていく」ことができる人材が担当すべき戦術なのだ。
それは、柔道や、レスリングの組み手争いのように。そこに、圧倒的な「腕力」の差があったら、個人競技の場合は圧倒的に不利になる。
ジーコ時代のボランチは中田と福西だった。インテリジェンスをかけらも感じない、圧倒的な身体能力だけで成功してきた福西が、自分の身体能力とカン便りのチェイシングをするから、中田ヒデのワンサイドカットは無駄になり、福西が見ていないゾーンのケアに終われ、上下動の距離は増し、攻撃に転じたときのポジショニングも悪くなり、彼の攻撃的センスが活かせなかった。個人の能力の衰退以前の問題だと私は思う。
水本が、勇気を出して下がることを止め、少なくとも仲間が必死で追いかけているのだから、それを信じて少しでもラインを上げていれば、いい形で、人数をかけた早いカウンターはもっと作れたように思う。梶山がいるときは別だが、細貝中心にチェイシングがあれだけかかっていれば、ラインを上げるタイミングはいくらでも在る。
それに、個人同士の戦いになっても、本田拓や森重、吉田麻などはそこそこの戦いを演じていたと思う。負けていなかったと思うのだ。すべての失点が、「個人的な戦いで負けての失点」では、なかったのだから。だからこそ、勿体ない。悔しい。
それと、もうひとつのポイントは、やはり「谷口」以外にはありえない。ボールをキープし、適切なチャンスエリアに配給して、かつ自分もゴール前に飛び込んで正確なシュートでゴールを奪う役割を、彼の攻撃スキルでは充分には出来なかったと言わざるを得ない。特に世界レベルでは。川崎フロンターレでの、「ボランチ」という起用は、彼の能力とよさを活かすことを考えた上で、やはり現時点ではベストだと考える。
ノーゴールに終わった谷口の、あのポジションでの起用は反町監督の判断でありストロングポイントのはずだから、その点では監督に責任はあるだろう。
そこに、他のタレントがいなかったのか?といわれれば、香川でも、本田圭でも、梶山でも良かったように思う。しかし、この3人に共通しているのは、ゴール前に長い距離を走って飛び込んで、プレッシャーの厳しいゾーンでトップスピードで正確なシュートを打つことが出来ない。
FWの選手のように、飛び込んで仕事が出来ないのである。自分の足元にボールを置いて、相手を見てから動き出すというスタイルなのだ。
そういう意味で、よりゴールの可能性を高めるという意味では、前を向いてプレーするのが得意で、飛び込んで仕事も出来る、カレンや梅崎、柏木というネットの指摘は、私は理解できる。現地メンバーでも、パス能力に不安はあっても、森本や李、岡崎を試したらどうだったかと思う。足元が今ひとつだが、豊田との組み合わせなら、ある程度フリーになったのではないか。少なくとも、相手のミスに乗じた1得点で終わりはしなかっただろう。
点が取れなかったから負けた。しかし、「まったく点が取れない相手」だとか、「勝てるわけがない相手」だとか、私はそうは思わない。思わなかった。実際の相手を見てみてだ。
結果的に、私には悔いは残った。
オーバーエイジが使えなかったことじゃない。
使ったところで、「弱者のプレッシングサッカー」の犠牲になっただけだろうし、遠藤を連れて行けば、「トルシエ時代の中村」で終わったのではないだろうか。細貝と本田拓が出場したナイジェリア戦こそが、MFが最も攻撃のために前に行くことが出来た試合であり。彼ら無しにプレスは実現し得ないと思う。
1失点目は、前線・中央が起点を作れなかったために、勝つしかなかったから安田と内田が攻撃的に出ていたことや、左サイドで早めにつぶしに行かなかったことが大きいし、2点目はあまりにもカウンターを無警戒にしていた、中途半端なスクランブル体制でのミスから、攻め疲れで戻れない中でおきた。通常の戦いの中での失点とは、言えなかった。
遠藤は、使っても梶山を使ったときのようにやがて、押し込まれただろう。日本代表がアジアクラスの相手にそうなっているのだから、間違いない。それに、どこで使うつもりだったのか、私にはいまひとつわからない。走れてもパワーがない彼が活きるのは、やはり鹿島やG大阪のような、「ポゼッションサッカー」の場合のように思えるし、あの相手、あの環境、あの戦術で、「ポゼッション」を展開しようという雰囲気は、私は感じられなかったからだ。ポゼッションは攻撃を遅らせ、彼らの狙いにとっては邪魔になるはずだからだ。
オランダは日本をなめていたのか、3バックにして、マークも適当だった。ナイジェリアは、A代表同様「木を見て森を見ず」のディフェンスは相変わらず。ゴール前以外のプレッシャーは非常にルーズで、ラインコントロールもくそもない。身体的強さで対外なんとかできてしまうアフリカらしいチームだった。キーパーもなんだこれ?というレベルで、逆サイドも特に気にしないチームだった。
それこそ、日本の広いエリアを使うパスサッカーが普通に展開されていれば、得点するチャンスは大いにあったように思うのだ。
現行のメンバーで、ナイジェリアにもオランダにも勝つチャンスがあり、実際ナイジェリアがベスト4にいけるのであれば、日本にもベスト4にいける可能性があったと考える。だからこそ、「弱者の発想」に支配され、自らそのチャンスを棒に振ってしまった、「戦う前に負けることを考えて負けた」からこそ、悔いが残る。
勝ちに行くなら、1トップに拘らない。点を取られても、取りに行くことを考える。勝ちに行くなら、谷口をあそこで使わない。ボランチのプレスが一時的に希薄になる可能性があるとしても、谷口に長い距離を走らせ、ボランチとして得点を狙わせる。
大体、「相手の良さを消すプレスサッカー」を戦術として採用してきたのだし、それが機能するなら、相手の攻撃をそこまで必要以上に恐れる必要など無い。はずじゃないのか?私が監督なら、こう考える。
反町監督はもしかしたら「負けたことは計算どおりだ」と思っているのかもしれない。そして、北京に行ってからあのナイジェリアとオランダを見て、「負ける可能性が高い」と考えたのかもしれない。だったら、この結果に悔いは残らない。適度に良い試合をした。ぼろ負けでもなかった。だからこそ、「悔いは残らなかった」。
そんなことが、ありえるか?
もっとも、反町ジャパンは、戦いの内容それだけでなく、取り組み方そのものにおいても、そもそも「勝たなければならない、闘って勝つ」という意識が希薄だったようだ。
オリンピックは、アマチュアの祭典であり、そこにプロが参戦している以上、「勝つことに責任を持つのは当たり前」である。彼らがプロである証明として、ベストのコンディションで試合に臨める様、ほかの選手団とは別行動で、高級ホテルやビジネスクラスの旅を用意したはずだ。そんなプロの彼らに、「敗戦」自体が、存在し得ない。
しかし、戦術は「苦戦を前提とした」戦術だった。
だから、悔いが残るのだ。
アトランタの時、1トップを選択した西野監督は、やはり同じようなディフェンシブな体制を敷いた。それは、「攻撃のための守備的組織」であることを強調した。「ボールを奪わなければ、攻撃なんてできないじゃないか」と。それならある程度は納得がいく。幸運はあったとはいえ、実際彼らは勝利することで、それが「勝つための最善策」であったことを証明した。
反町監督の戦術が、「勝つための最善策」なら、そのための中心的な手段はなんだったのか。西野監督のように「守備」なのか、激しい上下動により生み出される「カウンター」なのか。プレッシングによる「ゲームコントロール」なのか。采配を見る限り、それはわからなかったが。
とにかく、反町監督の「悔いは残っていない」とい発言の真意は、「お前らにはわからないだろうが、俺たちは最善を尽くしたんだ」という「パフォーマンス」にしか見えない。それでいて、采配や起用・戦術の説明は、ほとんどしていない。選考の理由すら説明していない。こちらに突きつけられた結論は、「ベストを尽くした、一丸にもなった、全ての力を出し尽くした、それでもサッカーの世界は厳しくて、負けてしまった。」
「ただ、それだけのことだ。」
言い換えれば、
「だから、仕方が無いんだ。私達を責めるな」
という、一方的な回答だけだった。
だからこそWEBが炎上するのだ。だからこそ、サッカーファンやスポーツマスコミは声を上げ、疑問の声を上げるのだ。
私達が愛してきた日本サッカーは、こんなにも弱く、それでいて態度だけ大きく身勝手で、かつ自分の責任を謝罪することも、周囲の関係者やファンに謝辞を述べることも無く、「自分たちのためだけの戦い」をするものなのか。
だからこそ、私には悔いが残る。
私達が愛してきた日本サッカーは、弱い癖に謝辞も謝罪もなく、説明もせず、充分な待遇だけをむさぼる、こんなにも「裸の王様」のマインドを持ってはいなかったからだ。実力が劣っていようと、常に全力を尽くして闘う、誇り高き「青の勇者達」だと思っていたからだ。
そんな振る舞いは、日本のサッカーファンに恥をかかせた。
「なんなんだサッカーのやつらは、ちゃらちゃらしてる上に弱いのか。それでいて、プロらしくも無い言い訳と見栄に終始して、税金を無駄に使うのか。世界中のサッカー関係者から、「攻撃しない日本」と馬鹿にされて。一体お前達は何様なんだ。」
こんな意見に、全く反論できないでいる。
まるで、この国そのもののようだ。攻撃しない国、ニッポン。
そして、そんなWEBでの訴えは、「誹謗・中傷」の名の下に批判され、削除されていく。否定的な意見すべてがダメなのか?じゃあ褒めていればいいのか。私達自身の血税や入場料、誇り、愛情、そんなものを、権利を与えられたからと言って屁とも思わない人間たちを、そこまで大事にしなければいけないのか。汚い言葉や、人を否定する言葉を使うことが、全て「悪」なのか。
そんな意見は、「力を持つもの」の「思う壺」だ。
こうして、私達の意見や思いは、封殺されていく。
大きな、社会的な力によって。
これじゃ俺たち、まるっきり、馬鹿じゃないか。
どんなに否定的な意見や批判が、現実的で厳しいものだとしても、「日本のサッカーを、そして選手を、本気で心配しているからこそ、声を上げるのだ」という事を、協会・選手・監督は理解すべきだ。そもそも、「それがあること自体、理解している」のが、プロではないのか?
元阪神タイガースの中心打者、ランディ・バースは、プロとアマチュアの違いは、「言い訳をしないこと」だと語ったという。
そんな議論がイヤだというのなら、そんな声とともに、愛情も失われることに、まさか気付いていないとは思わないのだが。気付いていないのなら、まさにこの国の「サッカー」は終わりを迎えたことになる。
別に、選手個人、監督個人、人間そのものを否定しているのではないのだ。
彼らは、「公人」なのだ。アマチュアの祭典、オリンピックで、
日本のサッカー界を代表し、象徴する存在なのだ。
公人として、代表として、妥当で適切な振る舞いと発言をして欲しい。そして、一番は、フィールドの中で、「自分達のがほれ込んだ戦術やシステムを徹底することにベストを尽くす」のではなく、「国の代表として、同じ民族の代表チームが勝利を勝ち取ること」に全力を尽くして欲しかっただけだ。
高校野球の選手だって、負けていれば一塁ベースに飛び込むじゃないか。星野ジャパンの選手にも言えるが、「負けるのは、君たちだけじゃないんだよ」、と思わずにはいられないのだ。
それが、「日本代表」、「プロサッカー選手」じゃないのか。
だから私には、悔いが残る。
それ以来、様々なWEBメディアでは、「犯人探し」と「今回の結果についての検討」が始まった。それらは非常に興味深いものである。私の結論としては、個別の選手起用についてはどうとも言えないが、戦術・戦略論については非常に妥当だと思う。
また、WEBメディアで批判を展開することについては、「純然たる意見感想」であれば良いと思うが、「人格的批判」や、「事実無根の中傷」は良くないと思う。それをしていれば、また表現の場、意見交換の場は失われる。単なるからかいはやめるべきだ。
しかし、そんな中にも、書き込んだものの感情を、協会と選手監督は感じるべきだ。自分も出たいし、応援しているからこその怒りなのだということを。
反町監督は帰国後の記者会見でも「悔いはない」と発言し続けた。おそらく、本人もその部分にそこまで反響があるとは思っていなかったのではないか。言いながらも、「なぜそればかり聞くんだ」という表情に、私には見えた。それは、日本でどんなことになっているか、知らないからではないのか。マスコミは、反町監督が会見を開くたび、「本当に悔いは無いのか」という事を問い続けた。
さて、事実は、どうだっただろうか。
確かに、オーバーエイジが使えなかったのは痛い。協会に落ち度があったことを犬養会長は認めている。選考が遅れたのなら、監督以下スタッフにも責任はある。
ふたを開けてみた試合や相手はどうだったか。
私の結論は、「日本は全勝できた。」と思う。反町監督とは同じ戦略戦術ではなかったので、厳密には言えないが、反町監督も同意見だったと思う。
特にオランダは酷かった。動きもせず、ボールをもてもしない年寄りFWを二枚前に置き、自慢のパス回しは影を潜め、荒れたピッチにボールタッチはずさんだった。ナイジェリアの方が、よほど良かった。ほとんど攻めてもなく、引いて守って精度の低いカウンターを繰り返し、ほとんど動けないマカーイを最後まで使う。意味がわからない。本気で勝つ気があったのかすら疑問だ。
日本が勝てなかった理由は単純だ。得点が取れなかったから。
3戦通じて、「守備」は通用していた。しかしそれは、諸刃の剣である。中盤の人数を増やして、常に相手を追廻、囲い込み、ボールを奪う。相手のよさを消し、どんな相手に対してもある程度守備については計算出来る。
しかし、反面攻撃に使うエネルギーも失ってしまう。だから、ゴール前に行けば精度を欠き、ボールをキープすれば、なんとかして相手のプレッシャーをかいくぐり、結果、最終ラインでボールをまわすか、サイドから崩すかだけになる。もちろんその間に相手のDFは引いてゴール前、とりわけ中央を固めるため、サイドからの仕掛けに充分な準備が整うのである。
そこから先のシナリオを、不思議なほど日本人監督は描けない。
そして、外国人監督に頼ればこういわれる。
「最後は個人の能力だ」と。
そして、今日本で主流となろうとしている、トレンドの戦術、「人数をかけて奪い、すばやく攻める」という戦術は、「弱者の発想」である。
その背景には、ドイツワールドカップでの、ブラジル戦の敗戦があるのではないだろうか。
追いかけても追いかけても、ボールが奪えない。だから網を張ってボールを奪い、少ないチャンスで全力を出してゴールを奪うしかない。岡田監督の発想などは、まさに「弱者の発想」で嫌になる。走れない選手は使わない、と言っても、走って作る攻撃の形を実現できていない以上は、事実上「守備のために走れない選手は」という理由であって、攻撃的センスを持っている選手の才能を、守備的価値観でつぶしてしまう。
冷静に考えて、攻撃に特徴のある選手すら、「常に」全速力で走って守備に専念しろ、と指示してよさを消してしまうのは、代表監督とはいえあまりにも傲慢ではないのか。選手を出している、クラブ側の人はなぜ怒らないのか。常に走り回って守備にあたれる選手じゃないと、失点しそうで怖い、というのなら、弱者そのものである。
それならば、ロベルト・バッジオだって、ロマーリオだってペレだって、ジダンだって、Cロナウドだって、生まれてくるはずが無いじゃないか。
オシムが言っていた「水を運ぶ選手が必要だ」というのは、「役割分担を明確にすべきだ」という事ではないのか。守備は両CBと鈴木啓太に任せ、前は自由に走らせる。ポイントは、「フリーな選手を使う」ことであって、1トップ下で勝負することではない。
サイドも含めて、あらゆる選手がゴール前にフリーランニングを繰り出せば、誰かは必ずフリーになる。それに、「フリーな選手が攻める」と考えれば、ボランチでもカウンター時のFWになるし、サイドを崩したときCBがFWになったって良いわけである。それが「多様性」ではなかったのか。
しかし、今回のオリンピックでは、「弱者の発想」は功を奏した。ナイジェリアとオランダという国名だけ聞いて、弱者の戦術を選択したことについて不満は残るが、比較的妥当ではある。実際、守備は成功していたと思う。特にアメリカ戦のチャンスはあったが、森重や本田拓、細貝といったところは、今回の最大の収穫と言えるのかも知れない。しかし、それでは点が取れなかった。
でもそんなこと、トルシエの時代からわかりきっていたではないか。
中央を固めた相手をどう崩すか。そのために生まれたのは、ジーコ流の「個人の能力」ではなく、オシムの「ポリバレントなフリーランニング」ではなかったのだろうか。
その後、ジーコ監督になって、日本代表の戦術的強みは失われた。ルールの無い個人頼みの守備戦術で、死ぬほどボールをまわされるのは当たり前だ。日本人は身体的に優れているわけではないのだから。
だから、トルシエ時代の教訓に戻ればいい。トルシエ時代の守備は、「オフサイドを取る」ことが目的ではない。あくまでもコンパクトに保つことで、個人的能力による勝負を避けることだったように思う。
そうすれば、どんな相手にも守備はある程度安定させることが出来る。森岡はラインを低く設定し、失点を防いだ。宮本は、積極的にラインの上げ下げを駆使してゲームコントロールに徹した(ようにみえた)。結果的に、トルシエのコンセプトを理解していたのは、宮本だったように思う。
ところが、反町ジャパンに限らず、今はトルシエ時代より守備的になっているのだ。追いかける割に、ラインをさほど高く保たないからだ。相手のフリーランニングには「徹底的に」ついていく。オシム時代にサウジアラビアに敗れたのも、CBがライン設定をあいまいにしてスペースが生まれ、その分スペースを必要とするサウジのFWの特徴が生かされてしまったように思う。その部分は、オシム氏のサッカーの中で私が納得できない部分である。日本人のDFにそれは厳しいのではないかと。
そしてそこが、結果を出しているなでしこジャパンとの違いである。
日本は勝つことが出来たと思う。どうすれば?
一番は、浅いラインを保つことだ。コンパクトにすることだ。個人能力が高いナイジェリア相手の時などは、特にそうだ。私はそう思う。
日本陣内に入ってからチェイスを強める今回の戦術は、アトランタの時の戦術に近い。これがアトランタなら、話はわかる。今回のナイジェリア・オランダよりも、当時のナイジェリア・ブラジルは、個人のレベルが2,3段レベルが上だったからだ。
なでしこジャパンはもう少し前のゾーンからプレスをかける。ボランチの澤の指示で、大野と永里が適切な「ワンサイドカット」を仕掛け、詰まったところですかさずラインを押し上げる。相手が下がる。必然的にボールを奪う位置は前になる。その上、ボールを奪えば、前の二人が1対1で勝てる。そこで、新たに浅いラインを作る時間と余裕が生まれる。まず必要なのは、「ワンサイドカット」の技術なのである。
逆に、池田のラインコントロールが失敗に終わったり、ラインを引かされたときなどは、放り込みに対して身体的強みがないため、ピンチになり、なかなかクリアできない。
また、ラインが下がれば、上下動の距離が長くなる。確かに反町ジャパンは、そういう意味でのフィジカルはそれなりに立派で、激しい上下動を繰り返した。しかし、ラインが浅いほうが効率的だ。澤や阪口がボランチの位置(もしくはセントラルMF)で前線に絡めるのは、何より最終ラインが浅いため、上下動の運動量が削減できるからなのだ。
トルシエ時代の中村俊輔が中心軸から外された理由が私にはわかる。それは、彼がきちんとしたワンサイドカットを徹底できなかったからだ。そこでチェイスを回避されて、あっさり逆を向かれると、最終ラインは逆サイドの空いたスペースへのリスクに対応し、ラインを下げざるを得なくなる。
そこで、それまでのディフェンスによるラインコントロールやチェイシングが、意味を成さなくなる。体力がより必要となる。ずっと攻撃的MFをやってきた彼に、ワンサイドカットの基本を求めても、教えられなければわかるはずが無いと、私は思っていた。しかし、最後まで彼は組織的な守備にフィットしなかった。今も怪しい。
もちろん一方で、一撃必殺で点を取れる能力を活かせばよかったのでは、という議論もわかる。結果はどちらが良かったとは言えないが、「グループリーグ突破」を必須として、経験のない日本代表を押し付けられた、立場の弱い無名の外国人監督の立場から見れば、FWも含めてチェイスすることも前提としていた以上、守備的負担の軽い1.5列目のFWとして使うとしても、中村はフィットしないと考えたのだろう。
また、前線に置いてもポイントになれるフィジカルがない。(当時は。今はわからない。)つまり彼は、「自分の得意分野」でしか、チーム戦術のメリットを発揮できない選手だった。むしろ全体的にはマイナスの原因となってしまう恐れすらある。
彼が得意分野を活かすには、ある程度のスペースが必要で、スペースを作る必要があるということは、日本の守備にとってもリスクを生むことになる。
その理由はなでしこと同じ。DFに圧倒的な個人的、肉体的強みがないからだ。1対1では、簡単にやられてしまう恐れがあるからだ。
チェイシングは、「走れるだけ」では、意味が無いのである。とりわけ、ドイツWカップでのブラジルのような相手には。
チェイシングは、フィジカル的にも少なくともファウルで止めるぐらいのフィジカルがあり、後ろの陣形と連携を取りながら、「意図的に相手を動かしていく」ことができる人材が担当すべき戦術なのだ。
それは、柔道や、レスリングの組み手争いのように。そこに、圧倒的な「腕力」の差があったら、個人競技の場合は圧倒的に不利になる。
ジーコ時代のボランチは中田と福西だった。インテリジェンスをかけらも感じない、圧倒的な身体能力だけで成功してきた福西が、自分の身体能力とカン便りのチェイシングをするから、中田ヒデのワンサイドカットは無駄になり、福西が見ていないゾーンのケアに終われ、上下動の距離は増し、攻撃に転じたときのポジショニングも悪くなり、彼の攻撃的センスが活かせなかった。個人の能力の衰退以前の問題だと私は思う。
水本が、勇気を出して下がることを止め、少なくとも仲間が必死で追いかけているのだから、それを信じて少しでもラインを上げていれば、いい形で、人数をかけた早いカウンターはもっと作れたように思う。梶山がいるときは別だが、細貝中心にチェイシングがあれだけかかっていれば、ラインを上げるタイミングはいくらでも在る。
それに、個人同士の戦いになっても、本田拓や森重、吉田麻などはそこそこの戦いを演じていたと思う。負けていなかったと思うのだ。すべての失点が、「個人的な戦いで負けての失点」では、なかったのだから。だからこそ、勿体ない。悔しい。
それと、もうひとつのポイントは、やはり「谷口」以外にはありえない。ボールをキープし、適切なチャンスエリアに配給して、かつ自分もゴール前に飛び込んで正確なシュートでゴールを奪う役割を、彼の攻撃スキルでは充分には出来なかったと言わざるを得ない。特に世界レベルでは。川崎フロンターレでの、「ボランチ」という起用は、彼の能力とよさを活かすことを考えた上で、やはり現時点ではベストだと考える。
ノーゴールに終わった谷口の、あのポジションでの起用は反町監督の判断でありストロングポイントのはずだから、その点では監督に責任はあるだろう。
そこに、他のタレントがいなかったのか?といわれれば、香川でも、本田圭でも、梶山でも良かったように思う。しかし、この3人に共通しているのは、ゴール前に長い距離を走って飛び込んで、プレッシャーの厳しいゾーンでトップスピードで正確なシュートを打つことが出来ない。
FWの選手のように、飛び込んで仕事が出来ないのである。自分の足元にボールを置いて、相手を見てから動き出すというスタイルなのだ。
そういう意味で、よりゴールの可能性を高めるという意味では、前を向いてプレーするのが得意で、飛び込んで仕事も出来る、カレンや梅崎、柏木というネットの指摘は、私は理解できる。現地メンバーでも、パス能力に不安はあっても、森本や李、岡崎を試したらどうだったかと思う。足元が今ひとつだが、豊田との組み合わせなら、ある程度フリーになったのではないか。少なくとも、相手のミスに乗じた1得点で終わりはしなかっただろう。
点が取れなかったから負けた。しかし、「まったく点が取れない相手」だとか、「勝てるわけがない相手」だとか、私はそうは思わない。思わなかった。実際の相手を見てみてだ。
結果的に、私には悔いは残った。
オーバーエイジが使えなかったことじゃない。
使ったところで、「弱者のプレッシングサッカー」の犠牲になっただけだろうし、遠藤を連れて行けば、「トルシエ時代の中村」で終わったのではないだろうか。細貝と本田拓が出場したナイジェリア戦こそが、MFが最も攻撃のために前に行くことが出来た試合であり。彼ら無しにプレスは実現し得ないと思う。
1失点目は、前線・中央が起点を作れなかったために、勝つしかなかったから安田と内田が攻撃的に出ていたことや、左サイドで早めにつぶしに行かなかったことが大きいし、2点目はあまりにもカウンターを無警戒にしていた、中途半端なスクランブル体制でのミスから、攻め疲れで戻れない中でおきた。通常の戦いの中での失点とは、言えなかった。
遠藤は、使っても梶山を使ったときのようにやがて、押し込まれただろう。日本代表がアジアクラスの相手にそうなっているのだから、間違いない。それに、どこで使うつもりだったのか、私にはいまひとつわからない。走れてもパワーがない彼が活きるのは、やはり鹿島やG大阪のような、「ポゼッションサッカー」の場合のように思えるし、あの相手、あの環境、あの戦術で、「ポゼッション」を展開しようという雰囲気は、私は感じられなかったからだ。ポゼッションは攻撃を遅らせ、彼らの狙いにとっては邪魔になるはずだからだ。
オランダは日本をなめていたのか、3バックにして、マークも適当だった。ナイジェリアは、A代表同様「木を見て森を見ず」のディフェンスは相変わらず。ゴール前以外のプレッシャーは非常にルーズで、ラインコントロールもくそもない。身体的強さで対外なんとかできてしまうアフリカらしいチームだった。キーパーもなんだこれ?というレベルで、逆サイドも特に気にしないチームだった。
それこそ、日本の広いエリアを使うパスサッカーが普通に展開されていれば、得点するチャンスは大いにあったように思うのだ。
現行のメンバーで、ナイジェリアにもオランダにも勝つチャンスがあり、実際ナイジェリアがベスト4にいけるのであれば、日本にもベスト4にいける可能性があったと考える。だからこそ、「弱者の発想」に支配され、自らそのチャンスを棒に振ってしまった、「戦う前に負けることを考えて負けた」からこそ、悔いが残る。
勝ちに行くなら、1トップに拘らない。点を取られても、取りに行くことを考える。勝ちに行くなら、谷口をあそこで使わない。ボランチのプレスが一時的に希薄になる可能性があるとしても、谷口に長い距離を走らせ、ボランチとして得点を狙わせる。
大体、「相手の良さを消すプレスサッカー」を戦術として採用してきたのだし、それが機能するなら、相手の攻撃をそこまで必要以上に恐れる必要など無い。はずじゃないのか?私が監督なら、こう考える。
反町監督はもしかしたら「負けたことは計算どおりだ」と思っているのかもしれない。そして、北京に行ってからあのナイジェリアとオランダを見て、「負ける可能性が高い」と考えたのかもしれない。だったら、この結果に悔いは残らない。適度に良い試合をした。ぼろ負けでもなかった。だからこそ、「悔いは残らなかった」。
そんなことが、ありえるか?
もっとも、反町ジャパンは、戦いの内容それだけでなく、取り組み方そのものにおいても、そもそも「勝たなければならない、闘って勝つ」という意識が希薄だったようだ。
オリンピックは、アマチュアの祭典であり、そこにプロが参戦している以上、「勝つことに責任を持つのは当たり前」である。彼らがプロである証明として、ベストのコンディションで試合に臨める様、ほかの選手団とは別行動で、高級ホテルやビジネスクラスの旅を用意したはずだ。そんなプロの彼らに、「敗戦」自体が、存在し得ない。
しかし、戦術は「苦戦を前提とした」戦術だった。
だから、悔いが残るのだ。
アトランタの時、1トップを選択した西野監督は、やはり同じようなディフェンシブな体制を敷いた。それは、「攻撃のための守備的組織」であることを強調した。「ボールを奪わなければ、攻撃なんてできないじゃないか」と。それならある程度は納得がいく。幸運はあったとはいえ、実際彼らは勝利することで、それが「勝つための最善策」であったことを証明した。
反町監督の戦術が、「勝つための最善策」なら、そのための中心的な手段はなんだったのか。西野監督のように「守備」なのか、激しい上下動により生み出される「カウンター」なのか。プレッシングによる「ゲームコントロール」なのか。采配を見る限り、それはわからなかったが。
とにかく、反町監督の「悔いは残っていない」とい発言の真意は、「お前らにはわからないだろうが、俺たちは最善を尽くしたんだ」という「パフォーマンス」にしか見えない。それでいて、采配や起用・戦術の説明は、ほとんどしていない。選考の理由すら説明していない。こちらに突きつけられた結論は、「ベストを尽くした、一丸にもなった、全ての力を出し尽くした、それでもサッカーの世界は厳しくて、負けてしまった。」
「ただ、それだけのことだ。」
言い換えれば、
「だから、仕方が無いんだ。私達を責めるな」
という、一方的な回答だけだった。
だからこそWEBが炎上するのだ。だからこそ、サッカーファンやスポーツマスコミは声を上げ、疑問の声を上げるのだ。
私達が愛してきた日本サッカーは、こんなにも弱く、それでいて態度だけ大きく身勝手で、かつ自分の責任を謝罪することも、周囲の関係者やファンに謝辞を述べることも無く、「自分たちのためだけの戦い」をするものなのか。
だからこそ、私には悔いが残る。
私達が愛してきた日本サッカーは、弱い癖に謝辞も謝罪もなく、説明もせず、充分な待遇だけをむさぼる、こんなにも「裸の王様」のマインドを持ってはいなかったからだ。実力が劣っていようと、常に全力を尽くして闘う、誇り高き「青の勇者達」だと思っていたからだ。
そんな振る舞いは、日本のサッカーファンに恥をかかせた。
「なんなんだサッカーのやつらは、ちゃらちゃらしてる上に弱いのか。それでいて、プロらしくも無い言い訳と見栄に終始して、税金を無駄に使うのか。世界中のサッカー関係者から、「攻撃しない日本」と馬鹿にされて。一体お前達は何様なんだ。」
こんな意見に、全く反論できないでいる。
まるで、この国そのもののようだ。攻撃しない国、ニッポン。
そして、そんなWEBでの訴えは、「誹謗・中傷」の名の下に批判され、削除されていく。否定的な意見すべてがダメなのか?じゃあ褒めていればいいのか。私達自身の血税や入場料、誇り、愛情、そんなものを、権利を与えられたからと言って屁とも思わない人間たちを、そこまで大事にしなければいけないのか。汚い言葉や、人を否定する言葉を使うことが、全て「悪」なのか。
そんな意見は、「力を持つもの」の「思う壺」だ。
こうして、私達の意見や思いは、封殺されていく。
大きな、社会的な力によって。
これじゃ俺たち、まるっきり、馬鹿じゃないか。
どんなに否定的な意見や批判が、現実的で厳しいものだとしても、「日本のサッカーを、そして選手を、本気で心配しているからこそ、声を上げるのだ」という事を、協会・選手・監督は理解すべきだ。そもそも、「それがあること自体、理解している」のが、プロではないのか?
元阪神タイガースの中心打者、ランディ・バースは、プロとアマチュアの違いは、「言い訳をしないこと」だと語ったという。
そんな議論がイヤだというのなら、そんな声とともに、愛情も失われることに、まさか気付いていないとは思わないのだが。気付いていないのなら、まさにこの国の「サッカー」は終わりを迎えたことになる。
別に、選手個人、監督個人、人間そのものを否定しているのではないのだ。
彼らは、「公人」なのだ。アマチュアの祭典、オリンピックで、
日本のサッカー界を代表し、象徴する存在なのだ。
公人として、代表として、妥当で適切な振る舞いと発言をして欲しい。そして、一番は、フィールドの中で、「自分達のがほれ込んだ戦術やシステムを徹底することにベストを尽くす」のではなく、「国の代表として、同じ民族の代表チームが勝利を勝ち取ること」に全力を尽くして欲しかっただけだ。
高校野球の選手だって、負けていれば一塁ベースに飛び込むじゃないか。星野ジャパンの選手にも言えるが、「負けるのは、君たちだけじゃないんだよ」、と思わずにはいられないのだ。
それが、「日本代表」、「プロサッカー選手」じゃないのか。
だから私には、悔いが残る。
時事ネタ
北京)二日目)反町終戦。反町康治とは、評論家なのか。
「全ての力を出し切った。一丸となって闘った。それでもサッカーの世界は厳しいもので、負けてしまった。」
反町監督、ひとつ重要なことを忘れていませんか?
サッカーの世界が厳しいから、負けたのですか?
内柴が金、中村が銅。これは素晴らしい。
銅メダルに終わった中村は言った。19歳。サッカーと同じ世代。銅メダルの感想を聞かれ、「金メダル以外は、同じです。」彼女は、銅メダルの表彰式後の観客席へのパレード中に、涙を浮かべていた。求めていたのは、銅メダルでは無かったのだ。
サッカー男子はナイジェリアに2−1で敗戦。反町監督は会見で言った。「これほど悔いの残らない試合は無い。」悔い、残ってないそうである。
私には悔いがある。日本はもっとできると思っていたからだ。
少なくとも、アメリカとナイジェリアには、勝てた。それも、かなり高い確率で勝てたと思うのである。
反町監督については、適切な報道と措置が取られることを強く望む。日本代表の監督は、どの年代であれ、自己満足など、許されるはずは無い。何故なら彼は、プロだからだ。
実際、ナイジェリアは、個人的には驚異的な能力を持つものの、組織的には褒められるようなチームではなかった。特に、中盤の守備はルーズで、ラインも引き気味。危険なエリア以外は、特に守備に関心を持っていないようだった。日本の選手には、アメリカのようにコンパクトな守備の方が、やりにくかっただろう。
反町監督以下メンバーは、日本で今どういう状況か、わかっていないのかもしれない。開会式を見ていたら、田嶋幸三氏が日本選手団の中に入って、笑顔で入場行進に参加していた。アメリカに負けた、翌日の話である。
日本のサッカー界の人間は、こんなにも節操が無いものだろうか。
オリンピック代表は、日本代表サッカーチームは、彼らだけの努力で成り立っているのだろうか。応援している、観戦している私達は、一体なんなのか。
今日の試合では、前回厳しく批判した梶山陽平を外して、細貝を先発に。ネットで批判の多かった森本に替え李を、左サイドバックの長友に替えて安田を投入した日本代表。勝ち点3は必須。そのために、攻撃しようという意思の表れとは、取りきれない。
細貝を入れたことで、梶山の時よりは守備が安定した気がする。個人の能力で突破された場面はあったが、ボールのつなぎやサポートという点でも、細貝は機能していたと思う。後半梶山に替わってしまったが。
李も森本よりは起点になっていたし、安田は何度か決定的なクロスをあげた。今日の攻撃の起点もやはり内田安田の、ひとつ下の世代のサイドバックで、本田圭も、批判があるほどダメだったわけではなく、今日は能力の一端を見せたと思う。
守備面のもろさもお約束どおり露呈した。しかし、細貝と本田拓がバランスを取った前半は、両サイドバックが非常に高い位置を取り、攻撃がある程度機能した。
しかし、香川は結局フィットせず、ほとんどの場面でパスやドリブルが成功せず、カウンターを食らった。
相手の一点目は、香川の処理ミスと安田・内田のゆるいチェックをモロに突かれた。香川が取られたのは仕方が無いとして、ゴールまで距離もあり人数もそろっていた段階で、ファーストアタックをかけた安田は、身を投げ出して止めに行っても良かったが、抜かれることを恐れてかディレイに行った。内田はシュートの場面、相手をみていなかった。
しかし、内田安田の二人は、日本の攻撃に大きく貢献した。ワールドユースを経験しているからか、浮ついたプレーも無く、攻撃的には非常に落ち着いて処理していた。
前半の決定機は、安田が左を破ってからのクロスに、谷口が合わせた場面が最大のチャンスだったが、キーパーの正面を突いた。これだけサイドが崩せるのに、ターゲットになるFWが後半63分から出ていた豊田だけだったことは、全く理解できない。そこにはどうしても、「平山」という名前が浮かんでくる。
改めて思うが、反町は、オシムのコンセプトをコピーしていたように思う。メンバー選考も、センターバックを二人しか入れず、1トップなのにFWが4人も入ったのも、「攻めこそ美学」たる、オシムの「真似事」から来ているのかもしれないと思った。
フォーメーションも、1トップに固執したし、最終的には2バックに近い形にして、攻撃的な日本を「演出」した。
オシム監督がこのチームに関与していたのなら、大変残念だ。しかし、反町の判断で、オシムのコンセプトに「乗っかった」のなら、益々怒りは抑えられない。マネなど必要ない。コンセプトが闘うわけじゃない。
しかも、厳密にはオシムのコンセプトとは異なると考える。オシムのコンセプトは、「バランスを取る」サッカー。トータルフットボールに近いと私は考えている。1トップなのは、明確な役割分担ではなく、状況に応じて誰もがFWの仕事をするということを想定していると考える。2バックも、同じだ。
もっとも成功した、千葉での時代、オシム流を支えたのは、阿部と坂本である。二人は、スタートはMFでも、状況に応じてディフェンスラインに近いゾーンで仕事をし続けた。それも、「守備的なバランスを取るシフトを取る」という事の一環だと考える。守備も含めての「連動性」であり、重要なことは、常に「フリーな選手がアタックを仕掛ける」という事だったように思う。CBだろうと、リベロだろうとだ。
だからボールが動く。だから決定的な場面にフリーなディフェンシブハーフが顔を出す。サイドの選手が中に入って決定的な仕事をする。そこには、「バランスを取る」という決め事以外、存在しない。つまり、「システム」ではないのだ。
しかし、反町ジャパンは、れっきとした「システム」だった。システムで闘うサッカーとは、「考えなくても勝てるサッカー」である。システムなのだから。そのシステムは、機能したと思う。ディフェンス面で。点はあんまり取られなかったと思う。しかし、攻撃的成果は少なかった。
攻撃においては、常に考えることが必要だからだ。
身体能力で勝る相手に、予想可能なサイドからのクロスをあげ続けても、可能性は感じられない。そこに、トゥーリオが入ってきたら、中澤が入ってきたらどうだろうか。サイドで詰まったとき、梶山が外側を回ったことがあっただろうか。水本、森重が攻撃参加することは皆無だった。
攻撃的に機能する要素は、少なかった。攻撃的チャンスを演出したのは、多くの部分で個人の力によるものだった。だから、個人の攻撃能力は、高まっていると感じる。MFに関しては。
唯一、そういう意味でポリバレント性を感じさせたのは、本田拓と内田ぐらいのもので、それ以外は連動していなかった。危険なシーンでディフェンスに戻るということも含めてだ。
今日のキーマンは、谷口だった。
谷口の、トップ下起用については、やはり納得がいかない。素晴らしい運動量と感覚の良いヘディング、ポジショニング感覚。素晴らしいポイントは沢山ある。身体も強い。そんな谷口が一番生きるポジション。それはやはり、「ボランチ」だと思うのだ。
川崎で成功しているポジションを、替えた理由は最後まで見つからなかった。今日の試合で、チャンスの場面シュートをミスしたのは、多くの場面で谷口だった。谷口ではなく、オーバーエイジのFWをおいておくのではダメだったのか?シュート技術に長けたMFではダメだったのか?私には悔いが残る。せめて、FWだったら、と思う。
その部分の責任の所在を考えると、一人しかいない。反町である。
また、前線で動き回る谷口は、ボールの流れも停滞させていたと思う。後ろの選手の走りこみ、飛び出しが少ないという指摘があるが、走りこもうと思うスペースに谷口がいるのだから、FWもMFも良いスペースへの飛び出しなど出来ない。ビルドアップの場面でも、ポイントを作るのか、裏へ抜けるのかが不明瞭で、使うにも使えない。
谷口自身は、とてつもなく頑張っていることが伝わってくる。それだけに、非常に残念な、監督のミスであるといわざるを得ない。谷口は、被害者なのだ。
内田篤人は、「このチームには、軸が無い」と試合後語った。それが全てだという気すらする。誤った成果主義が、軸の無いチームを作った。軸は必要なかった。自分が中心でさえあれば、それでよかったのだ。反町康治にとっては。
悔いは無い。
そんなこと、よくも言えたものだ。私達も、なめられたものだ。
試合後の選手の、「サッカーで勝って勝負で負けた」だの、「いい経験をした」だの、「悔いが無い」だのという発言を聞いて、ネット上では厳しい批判・不満が噴出している。冒頭の柔道の代表選手とは非常に対象的だ。
オリンピック世代は、強化を第一義としているのかもしれない。しかし、やはり、「日本代表」と名のつく以上、本番までの発言や結果に対する発言には気をつけて欲しい。彼らには、「国を背負う」という事が、今ひとつわかっていないようである。
もちろん、監督もだ。だから、選手達を責めることは出来無いが。
自分達が目指すサッカーを貫くのは結構だが、良いサッカーを作ることが目的なのではない。やるからには、結果には責任が伴う。その時点で選手は勘違いをしているし、させられている。求められているのは結果なのだ。いかに「いい試合をしたか」ではない。
サッカー自体の話をすれば、2点目のシーンでは、谷口を前に残したまま2トップとして投入され、自分のポジション取り含め全くフィットしていなかった岡崎のパスミスを元に、リズムが悪くなっていた。
相手にボールを奪われた瞬間、それまでは3バック気味に粘り強く2バックと相手のカウンターを止めていた本田拓が、一発の大雑把なスライディングタックルに行ったところをあっさりと回避され、カウンターを食らった。細貝が必死に戻ったが、2バックとGK西川は無策なまま2点目を奪われた。
日本が返した1点は、度々不安定なキックを繰り返していたゴールキーパーのキックミスを奪い、驚くほど淡白なナイジェリアの守備に、引っ掛けられそうになるという、驚くべき遅さで豊田が押し込んだ。評価すべきところは何も無い。
豊田と岡崎という、あまり見たことの無い2トップは、正直言って、何の機能性も感じられなかった。岡崎の良さは、全くと言って発揮されなかった。彼は、スペースがあって前を向いてこそ生きるタイプ。それこそ、1トップの状態で谷口のポジションで投入すべき選手なのだ。
1点目の失点の原因を、選手達は口々に語った。「不用意にパスを奪われたところをつかれてしまった。」しかしそれは、きっかけに過ぎない。それを処理できないDFに、一体どんな価値があるというのか。
選手達は、そんな小さなきっかけを覚えていた。「よかった、自分が絡んでいなくて。」そんな気持ちが聞こえてくるようだった。
そしてそれは、監督も同じ気持ちのようだ。負けても、OAが使えなかったから、とでも言い訳するつもりなのだろうか。負けた要因はまるで、外的要因や、ミスをした選手が直接の原因であるかのようだ。
「後半の立ち上がりについてはハーフタイムにも話をしたが
中盤の軽率なミスから失点してしまった。
留意したが防ぐことはできなかった。」
「全ての力を出し切った。一丸となって闘った。
それでもサッカーの世界は厳しいもので、負けてしまった。
ただ、それだけのことだと思う。」
その口ぶりは、語気を強め、反論を許さないというような強い口調だった。
反町監督、ひとつ重要なことを忘れていませんか?
サッカーの世界が厳しいから負けた、なんて、プロの監督はそんな理由付けはしない。自分の非を認め、自分の責任を全うするのがプロなのではないでしょうか?
あなたは、解説者ではないはずだ。担任の先生でもないはずだ。
あなたの評価など、聞いていない。
あなたは評価すべき立場ではなく、選手達を指揮監督し、結果を出させるという責任を負った、正真正銘の、「当事者」なのだ。
あなたがすべきことをしたのか、あなたの負った責任をどう果たそうとしたのか、そして、なぜ結果が出なかったのか。
あなたには、それを説明する義務がある。
なぜ、中盤で軽率なミスをする選手がいたのか。
なぜ、留意しても守れない選手がいたのか。
果たして、ベストを尽くして闘って負けた、ただそれだけのこと、なのか。
それだけのこと、とはどういう意味だ?
ひとつの試合に負けた、タダそれだけのことで、
国の威信や、選手の誇りや経験や、ファンの思いを裏切ったなんてことはなく、ただ、負けただけで、この敗戦に意味なんて無い、という事か。つまり、選手と私反町は、必要な責任義務を果たした、とでも言いたいのだろうか。
あなたは、それらの意味や理由、それらがどうなったかについて、
自分が果たした役割の結果について、説明する義務が在る。
何故なら、全てはあなたが決定したことだからだ。
国家の名の下に、世界の国々が集い、その雌雄を決する大会に出場したわが国の代表チームの監督が、こんなにも人間性を疑われるような、自己保身と責任転嫁のマインドにあふれた、机上の空論だけの、結果責任を果たさない、自分のメンツだけを気にする小さな人間だったこと、そして、それが世界に報道されることは・・・・。
今日ほど、しがない無職の独身男である自分が、
こんなにも無力であることを悔しく思った夜は、無い。
今夜も眠れない。
反町監督、ひとつ重要なことを忘れていませんか?
サッカーの世界が厳しいから、負けたのですか?
内柴が金、中村が銅。これは素晴らしい。
銅メダルに終わった中村は言った。19歳。サッカーと同じ世代。銅メダルの感想を聞かれ、「金メダル以外は、同じです。」彼女は、銅メダルの表彰式後の観客席へのパレード中に、涙を浮かべていた。求めていたのは、銅メダルでは無かったのだ。
サッカー男子はナイジェリアに2−1で敗戦。反町監督は会見で言った。「これほど悔いの残らない試合は無い。」悔い、残ってないそうである。
私には悔いがある。日本はもっとできると思っていたからだ。
少なくとも、アメリカとナイジェリアには、勝てた。それも、かなり高い確率で勝てたと思うのである。
反町監督については、適切な報道と措置が取られることを強く望む。日本代表の監督は、どの年代であれ、自己満足など、許されるはずは無い。何故なら彼は、プロだからだ。
実際、ナイジェリアは、個人的には驚異的な能力を持つものの、組織的には褒められるようなチームではなかった。特に、中盤の守備はルーズで、ラインも引き気味。危険なエリア以外は、特に守備に関心を持っていないようだった。日本の選手には、アメリカのようにコンパクトな守備の方が、やりにくかっただろう。
反町監督以下メンバーは、日本で今どういう状況か、わかっていないのかもしれない。開会式を見ていたら、田嶋幸三氏が日本選手団の中に入って、笑顔で入場行進に参加していた。アメリカに負けた、翌日の話である。
日本のサッカー界の人間は、こんなにも節操が無いものだろうか。
オリンピック代表は、日本代表サッカーチームは、彼らだけの努力で成り立っているのだろうか。応援している、観戦している私達は、一体なんなのか。
今日の試合では、前回厳しく批判した梶山陽平を外して、細貝を先発に。ネットで批判の多かった森本に替え李を、左サイドバックの長友に替えて安田を投入した日本代表。勝ち点3は必須。そのために、攻撃しようという意思の表れとは、取りきれない。
細貝を入れたことで、梶山の時よりは守備が安定した気がする。個人の能力で突破された場面はあったが、ボールのつなぎやサポートという点でも、細貝は機能していたと思う。後半梶山に替わってしまったが。
李も森本よりは起点になっていたし、安田は何度か決定的なクロスをあげた。今日の攻撃の起点もやはり内田安田の、ひとつ下の世代のサイドバックで、本田圭も、批判があるほどダメだったわけではなく、今日は能力の一端を見せたと思う。
守備面のもろさもお約束どおり露呈した。しかし、細貝と本田拓がバランスを取った前半は、両サイドバックが非常に高い位置を取り、攻撃がある程度機能した。
しかし、香川は結局フィットせず、ほとんどの場面でパスやドリブルが成功せず、カウンターを食らった。
相手の一点目は、香川の処理ミスと安田・内田のゆるいチェックをモロに突かれた。香川が取られたのは仕方が無いとして、ゴールまで距離もあり人数もそろっていた段階で、ファーストアタックをかけた安田は、身を投げ出して止めに行っても良かったが、抜かれることを恐れてかディレイに行った。内田はシュートの場面、相手をみていなかった。
しかし、内田安田の二人は、日本の攻撃に大きく貢献した。ワールドユースを経験しているからか、浮ついたプレーも無く、攻撃的には非常に落ち着いて処理していた。
前半の決定機は、安田が左を破ってからのクロスに、谷口が合わせた場面が最大のチャンスだったが、キーパーの正面を突いた。これだけサイドが崩せるのに、ターゲットになるFWが後半63分から出ていた豊田だけだったことは、全く理解できない。そこにはどうしても、「平山」という名前が浮かんでくる。
改めて思うが、反町は、オシムのコンセプトをコピーしていたように思う。メンバー選考も、センターバックを二人しか入れず、1トップなのにFWが4人も入ったのも、「攻めこそ美学」たる、オシムの「真似事」から来ているのかもしれないと思った。
フォーメーションも、1トップに固執したし、最終的には2バックに近い形にして、攻撃的な日本を「演出」した。
オシム監督がこのチームに関与していたのなら、大変残念だ。しかし、反町の判断で、オシムのコンセプトに「乗っかった」のなら、益々怒りは抑えられない。マネなど必要ない。コンセプトが闘うわけじゃない。
しかも、厳密にはオシムのコンセプトとは異なると考える。オシムのコンセプトは、「バランスを取る」サッカー。トータルフットボールに近いと私は考えている。1トップなのは、明確な役割分担ではなく、状況に応じて誰もがFWの仕事をするということを想定していると考える。2バックも、同じだ。
もっとも成功した、千葉での時代、オシム流を支えたのは、阿部と坂本である。二人は、スタートはMFでも、状況に応じてディフェンスラインに近いゾーンで仕事をし続けた。それも、「守備的なバランスを取るシフトを取る」という事の一環だと考える。守備も含めての「連動性」であり、重要なことは、常に「フリーな選手がアタックを仕掛ける」という事だったように思う。CBだろうと、リベロだろうとだ。
だからボールが動く。だから決定的な場面にフリーなディフェンシブハーフが顔を出す。サイドの選手が中に入って決定的な仕事をする。そこには、「バランスを取る」という決め事以外、存在しない。つまり、「システム」ではないのだ。
しかし、反町ジャパンは、れっきとした「システム」だった。システムで闘うサッカーとは、「考えなくても勝てるサッカー」である。システムなのだから。そのシステムは、機能したと思う。ディフェンス面で。点はあんまり取られなかったと思う。しかし、攻撃的成果は少なかった。
攻撃においては、常に考えることが必要だからだ。
身体能力で勝る相手に、予想可能なサイドからのクロスをあげ続けても、可能性は感じられない。そこに、トゥーリオが入ってきたら、中澤が入ってきたらどうだろうか。サイドで詰まったとき、梶山が外側を回ったことがあっただろうか。水本、森重が攻撃参加することは皆無だった。
攻撃的に機能する要素は、少なかった。攻撃的チャンスを演出したのは、多くの部分で個人の力によるものだった。だから、個人の攻撃能力は、高まっていると感じる。MFに関しては。
唯一、そういう意味でポリバレント性を感じさせたのは、本田拓と内田ぐらいのもので、それ以外は連動していなかった。危険なシーンでディフェンスに戻るということも含めてだ。
今日のキーマンは、谷口だった。
谷口の、トップ下起用については、やはり納得がいかない。素晴らしい運動量と感覚の良いヘディング、ポジショニング感覚。素晴らしいポイントは沢山ある。身体も強い。そんな谷口が一番生きるポジション。それはやはり、「ボランチ」だと思うのだ。
川崎で成功しているポジションを、替えた理由は最後まで見つからなかった。今日の試合で、チャンスの場面シュートをミスしたのは、多くの場面で谷口だった。谷口ではなく、オーバーエイジのFWをおいておくのではダメだったのか?シュート技術に長けたMFではダメだったのか?私には悔いが残る。せめて、FWだったら、と思う。
その部分の責任の所在を考えると、一人しかいない。反町である。
また、前線で動き回る谷口は、ボールの流れも停滞させていたと思う。後ろの選手の走りこみ、飛び出しが少ないという指摘があるが、走りこもうと思うスペースに谷口がいるのだから、FWもMFも良いスペースへの飛び出しなど出来ない。ビルドアップの場面でも、ポイントを作るのか、裏へ抜けるのかが不明瞭で、使うにも使えない。
谷口自身は、とてつもなく頑張っていることが伝わってくる。それだけに、非常に残念な、監督のミスであるといわざるを得ない。谷口は、被害者なのだ。
内田篤人は、「このチームには、軸が無い」と試合後語った。それが全てだという気すらする。誤った成果主義が、軸の無いチームを作った。軸は必要なかった。自分が中心でさえあれば、それでよかったのだ。反町康治にとっては。
悔いは無い。
そんなこと、よくも言えたものだ。私達も、なめられたものだ。
試合後の選手の、「サッカーで勝って勝負で負けた」だの、「いい経験をした」だの、「悔いが無い」だのという発言を聞いて、ネット上では厳しい批判・不満が噴出している。冒頭の柔道の代表選手とは非常に対象的だ。
オリンピック世代は、強化を第一義としているのかもしれない。しかし、やはり、「日本代表」と名のつく以上、本番までの発言や結果に対する発言には気をつけて欲しい。彼らには、「国を背負う」という事が、今ひとつわかっていないようである。
もちろん、監督もだ。だから、選手達を責めることは出来無いが。
自分達が目指すサッカーを貫くのは結構だが、良いサッカーを作ることが目的なのではない。やるからには、結果には責任が伴う。その時点で選手は勘違いをしているし、させられている。求められているのは結果なのだ。いかに「いい試合をしたか」ではない。
サッカー自体の話をすれば、2点目のシーンでは、谷口を前に残したまま2トップとして投入され、自分のポジション取り含め全くフィットしていなかった岡崎のパスミスを元に、リズムが悪くなっていた。
相手にボールを奪われた瞬間、それまでは3バック気味に粘り強く2バックと相手のカウンターを止めていた本田拓が、一発の大雑把なスライディングタックルに行ったところをあっさりと回避され、カウンターを食らった。細貝が必死に戻ったが、2バックとGK西川は無策なまま2点目を奪われた。
日本が返した1点は、度々不安定なキックを繰り返していたゴールキーパーのキックミスを奪い、驚くほど淡白なナイジェリアの守備に、引っ掛けられそうになるという、驚くべき遅さで豊田が押し込んだ。評価すべきところは何も無い。
豊田と岡崎という、あまり見たことの無い2トップは、正直言って、何の機能性も感じられなかった。岡崎の良さは、全くと言って発揮されなかった。彼は、スペースがあって前を向いてこそ生きるタイプ。それこそ、1トップの状態で谷口のポジションで投入すべき選手なのだ。
1点目の失点の原因を、選手達は口々に語った。「不用意にパスを奪われたところをつかれてしまった。」しかしそれは、きっかけに過ぎない。それを処理できないDFに、一体どんな価値があるというのか。
選手達は、そんな小さなきっかけを覚えていた。「よかった、自分が絡んでいなくて。」そんな気持ちが聞こえてくるようだった。
そしてそれは、監督も同じ気持ちのようだ。負けても、OAが使えなかったから、とでも言い訳するつもりなのだろうか。負けた要因はまるで、外的要因や、ミスをした選手が直接の原因であるかのようだ。
「後半の立ち上がりについてはハーフタイムにも話をしたが
中盤の軽率なミスから失点してしまった。
留意したが防ぐことはできなかった。」
「全ての力を出し切った。一丸となって闘った。
それでもサッカーの世界は厳しいもので、負けてしまった。
ただ、それだけのことだと思う。」
その口ぶりは、語気を強め、反論を許さないというような強い口調だった。
反町監督、ひとつ重要なことを忘れていませんか?
サッカーの世界が厳しいから負けた、なんて、プロの監督はそんな理由付けはしない。自分の非を認め、自分の責任を全うするのがプロなのではないでしょうか?
あなたは、解説者ではないはずだ。担任の先生でもないはずだ。
あなたの評価など、聞いていない。
あなたは評価すべき立場ではなく、選手達を指揮監督し、結果を出させるという責任を負った、正真正銘の、「当事者」なのだ。
あなたがすべきことをしたのか、あなたの負った責任をどう果たそうとしたのか、そして、なぜ結果が出なかったのか。
あなたには、それを説明する義務がある。
なぜ、中盤で軽率なミスをする選手がいたのか。
なぜ、留意しても守れない選手がいたのか。
果たして、ベストを尽くして闘って負けた、ただそれだけのこと、なのか。
それだけのこと、とはどういう意味だ?
ひとつの試合に負けた、タダそれだけのことで、
国の威信や、選手の誇りや経験や、ファンの思いを裏切ったなんてことはなく、ただ、負けただけで、この敗戦に意味なんて無い、という事か。つまり、選手と私反町は、必要な責任義務を果たした、とでも言いたいのだろうか。
あなたは、それらの意味や理由、それらがどうなったかについて、
自分が果たした役割の結果について、説明する義務が在る。
何故なら、全てはあなたが決定したことだからだ。
国家の名の下に、世界の国々が集い、その雌雄を決する大会に出場したわが国の代表チームの監督が、こんなにも人間性を疑われるような、自己保身と責任転嫁のマインドにあふれた、机上の空論だけの、結果責任を果たさない、自分のメンツだけを気にする小さな人間だったこと、そして、それが世界に報道されることは・・・・。
今日ほど、しがない無職の独身男である自分が、
こんなにも無力であることを悔しく思った夜は、無い。
今夜も眠れない。
時事ネタ
北京】1日目 勝てなくなった日本の元凶は?
はーーーー・・・ため息の出るような初日だった。
谷亮子は不可解なジャッジで反則負けしてしまった。まあでも、攻めていなかったのだから仕方ないのだろうか。バレーボールの女子も何となく勝負どころで無策で、アメリカに敗れてしまった。体操団体は、2位につけるも1位の中国とは大差。喜ばしかったのは、北島康介が実力通りの泳ぎで、予選を全体の2位で通過したことぐらい?バドミントンのオグシオじゃない子も、シングルスの一回戦を勝った。相手途中棄権だって。
その他の種目でも、水泳は日本記録を大幅に上回ったレースも多かったが、決勝進出には中々こぎつけられず。なんか日本、勝てないんだなー。世界との差をマザマザと感じる。
そして、なでしこ。まけちゃったか〜・・・。
まあ、あのシュートはね・・・。仕方ないですわ。
ラインコントロールが、池田になって余計ばらばらになった気がするなあ。矢野でよかったんじゃないのか?失点の場面も、サイドで近賀がブロックに行くのが早すぎる。最終ラインは結構、後ろにいて、ギャップになってたしね。でもあの場面、最終ラインももう少しカバーできたんじゃないのかなあ。池田サイドだよ。悔やまれる。真ん中にたくさん人はいたのに、ペナの前がやっぱりケアできていなかったし。
押し上げは徹底されていたけど、逆にボールをつなぐスペースがなくなっちゃった感はあった。アメリカも相当押し上げてきてた気がするし。
攻撃も、チャンスを活かしきれないし、なかなか作れなかった。今日に関しては後半はほとんど形も作れなかった。宮間が今ひとつ機能しないと厳しいねえ。
やっぱり大野が中途半端になってるなあ。アメリカは、大野の裏への抜け出しを非常に警戒していたので、逆にクサビに入れば、ボールが収まったような気がする。永里は、今日は若さか無駄なタッチが多かったような気がするし、大野がもう少しチャンスメイクできていれば、違ったのかもしれない。
NZ戦は、前半はロングボール、とか、結構ハッキリした意図を感じたけど、この試合は最後まで意図がはっきりしなかった。最後の方のスクランブルシステムにしても、どこを起点にするのか、不明瞭だった。
で、結局安藤がつなぎに入れないし、フィードも出来ないし、ドリブルでも勝てないからボール回しが停滞しちゃった。途中で近賀と前後入れ替えて、すぐ丸山に変えたりとかして。結構バタバタ。その辺は、すばやく判断して欲しいもの。俺なら迷わず大野を右に回して、トップに荒川をおくのに。実際後半最大のチャンスは、大野が右から崩して作った形だった。
1対1で唯一優位に立っていたのは大野なのだから、受けやすいポジションに動かしてあげても良かった。ディフェンスの意図はかろうじて見えたけど、攻撃のバリエーションは今ひとつという感じだ。
結果、ノルウェーが順当にニュージーランドに勝ったため、ポイントではアメリカが圧倒的に有利。アメリカがニュージーランドに引き分けるか負けて、日本がノルウェーに大勝すれば、アメリカより上に行く可能性はあるわけか。
ノルウェーは、そんなに強いって感じじゃなかった。ただ、なんでもないハイボールを入れてくるのが一番怖かったりするんで、そういう意味では、高さで勝てる気は全くしないので、福元(GK)次第かな。予選突破が決定ってことで、メンバーを落としてなあなあで来てくれればいいな。アメリカが来るより、ノルウェー的にも助かるだろうし。
あと、阪口のケガが結構心配。今日もあんまり攻撃的な仕事は出来なかったし。原と加藤あたりに任せて、澤を前で使ってもいい気がするけど。
あー心配。なでしこは、少なくとも内容は期待できるので、決勝トーナメントまでは行かせてあげたいなあ。
そんなわけで、サッカーに限らず、日本大苦戦。
そもそもね。
日本のマスコミ、あおりすぎなんだよ。
選手は宣伝ツールか?もっと現実的な報道をして欲しいし、過剰な期待をかけるようなインタビューとか取材もやめて欲しい。明らかに日本選手、実力を発揮できていない気がする。今日のバレーボール女子も、後半からリラックスしてきた感じだけど、第一セットはトテモ硬かった。
野口みずきも一時帰国して入院してたって?星野ジャパンは、セリーグ選抜にぼろ負け。
ちょっとさ、かわいそうじゃないか?
まあでも、木村沙織の新ユニフォーム姿は、オグシオに負けず劣らず、
「良いね!」
っていう。強調しすぎじゃね−かな。逆に。特定の部位を。
さて、あしたはいよいよ、「ク○反町」ジャパンのナイジェリア戦。
WEBでは悲観論が大多数。戦犯の議論もまとまりつつある。森本、梶山、香川、本田圭、このあたりを、アメリカ戦同様に「これまでどおりに」使ってくれば、無策決定的。もう監督は日本に帰ってこれないかもしれない。
一方で、ナイジェリアとオランダに、いっそフルボッコにされて、11−0ぐらいで負けて帰ってくれば、今後の日本サッカーのためになるのでは、という声すらある。うん。そうかもしれない。
その方が、「責任の所在」がハッキリしてよいかもしれませんね。
残念な試合内容の上に、出場した選手の残念なコメントの数々も、ファンを引かせている。
それでも応援しちゃうんだって。だって、「日本代表」なんだから。
「日本代表」と名がつくくせに、消極的な戦いや、期待される結果を出せないのに、自分自身的には満足的な発言はいただけない。だって、他にも代表になりたかった人、いたわけだから。
谷亮子は、不可解なジャッジで負けた。柔道酷いね。あれ柔道か?レスリングじゃないの?勝ち負けのほとんどを、審判が決められるようになってる。こんなのスポーツか?柔道の「心」はどこへ行った?攻撃的動作や技術によるポイントが全く無くても、決着がつくのってどうなんだ?身体能力の競技なのか?
それでも、オリンピックがそういう柔道で闘う場所なら、言い訳は出来ない。反則誘発作戦でも何でもして、結果を求めねば、と私は考える。「いやー、真の柔道を貫いたから、別に反則ポイントで負けても悔しくねーし」的な態度を選手が取っていたら、私は悲しい。何故か悲しい。
谷亮子自体、別に非難する気持ちにはならないけど、最後の選考会で、「ちゃんと」谷に勝った女の子はかわいそうだなって思う。実績を買われて谷にしたけど、柔道は過去とは別物になっていて、過去の実績、あんまり関係なかったわあ、って。あほか、っちゅうの。
だったら、あの子を出してあげれば良かったのに。
何しろあの子には、「攻撃的な気持ち」で、あふれていたのだから。
「ハングリー精神」。
でも、引退を問われた谷亮子が、「自分の一存で決められない」と言っていた。え?そんなことってあるの?誰かにやらされてるの?
それを聞いて、選考にも色々あるんだな、と思った。多分。無名の若い子が出て負けるより、実績がある谷が出た方が、どちらにせよメリットがある人たちがいるんだわ。スポンサーとか、色々。
なんだかこの国、がっかりだよね。子供のため、未来のため、みたいな顔して、若年層で食うことしか考えていない。
残念な国、日本。
でも、そろそろ気付けよ。このオリンピックが、誰のために存在するのか。審判を信じるな。ぼろを出すな。圧倒的な勝利しかない。誰が見ても、これで日本が負けなのはおかしい、といわれるような、圧倒的な攻撃的成果をあげて勝つぐらいを目指さないと、ダメな気がする。
能力で、真の世界一を競う、格調高きオリンピック。
そんなもんは、もはや、存在しないのかも知れない。
水着の性能で勝負が決まるんだもんな。【北島今日は何でミズノ?】
審判アテにしている、男子サッカーみたいなことやってると、想像を絶する酷い結果になりかねない。はいはい、そうだよね。一瞬でも他力を期待した自分が馬鹿でした、ぐらい、切り替えなきゃいけないかもしれない。
中国だからかな。そういう空気を、すっごく感じる、北京初日。
悲しい。
払拭してくれるのは、誰だろう。
谷亮子は不可解なジャッジで反則負けしてしまった。まあでも、攻めていなかったのだから仕方ないのだろうか。バレーボールの女子も何となく勝負どころで無策で、アメリカに敗れてしまった。体操団体は、2位につけるも1位の中国とは大差。喜ばしかったのは、北島康介が実力通りの泳ぎで、予選を全体の2位で通過したことぐらい?バドミントンのオグシオじゃない子も、シングルスの一回戦を勝った。相手途中棄権だって。
その他の種目でも、水泳は日本記録を大幅に上回ったレースも多かったが、決勝進出には中々こぎつけられず。なんか日本、勝てないんだなー。世界との差をマザマザと感じる。
そして、なでしこ。まけちゃったか〜・・・。
まあ、あのシュートはね・・・。仕方ないですわ。
ラインコントロールが、池田になって余計ばらばらになった気がするなあ。矢野でよかったんじゃないのか?失点の場面も、サイドで近賀がブロックに行くのが早すぎる。最終ラインは結構、後ろにいて、ギャップになってたしね。でもあの場面、最終ラインももう少しカバーできたんじゃないのかなあ。池田サイドだよ。悔やまれる。真ん中にたくさん人はいたのに、ペナの前がやっぱりケアできていなかったし。
押し上げは徹底されていたけど、逆にボールをつなぐスペースがなくなっちゃった感はあった。アメリカも相当押し上げてきてた気がするし。
攻撃も、チャンスを活かしきれないし、なかなか作れなかった。今日に関しては後半はほとんど形も作れなかった。宮間が今ひとつ機能しないと厳しいねえ。
やっぱり大野が中途半端になってるなあ。アメリカは、大野の裏への抜け出しを非常に警戒していたので、逆にクサビに入れば、ボールが収まったような気がする。永里は、今日は若さか無駄なタッチが多かったような気がするし、大野がもう少しチャンスメイクできていれば、違ったのかもしれない。
NZ戦は、前半はロングボール、とか、結構ハッキリした意図を感じたけど、この試合は最後まで意図がはっきりしなかった。最後の方のスクランブルシステムにしても、どこを起点にするのか、不明瞭だった。
で、結局安藤がつなぎに入れないし、フィードも出来ないし、ドリブルでも勝てないからボール回しが停滞しちゃった。途中で近賀と前後入れ替えて、すぐ丸山に変えたりとかして。結構バタバタ。その辺は、すばやく判断して欲しいもの。俺なら迷わず大野を右に回して、トップに荒川をおくのに。実際後半最大のチャンスは、大野が右から崩して作った形だった。
1対1で唯一優位に立っていたのは大野なのだから、受けやすいポジションに動かしてあげても良かった。ディフェンスの意図はかろうじて見えたけど、攻撃のバリエーションは今ひとつという感じだ。
結果、ノルウェーが順当にニュージーランドに勝ったため、ポイントではアメリカが圧倒的に有利。アメリカがニュージーランドに引き分けるか負けて、日本がノルウェーに大勝すれば、アメリカより上に行く可能性はあるわけか。
ノルウェーは、そんなに強いって感じじゃなかった。ただ、なんでもないハイボールを入れてくるのが一番怖かったりするんで、そういう意味では、高さで勝てる気は全くしないので、福元(GK)次第かな。予選突破が決定ってことで、メンバーを落としてなあなあで来てくれればいいな。アメリカが来るより、ノルウェー的にも助かるだろうし。
あと、阪口のケガが結構心配。今日もあんまり攻撃的な仕事は出来なかったし。原と加藤あたりに任せて、澤を前で使ってもいい気がするけど。
あー心配。なでしこは、少なくとも内容は期待できるので、決勝トーナメントまでは行かせてあげたいなあ。
そんなわけで、サッカーに限らず、日本大苦戦。
そもそもね。
日本のマスコミ、あおりすぎなんだよ。
選手は宣伝ツールか?もっと現実的な報道をして欲しいし、過剰な期待をかけるようなインタビューとか取材もやめて欲しい。明らかに日本選手、実力を発揮できていない気がする。今日のバレーボール女子も、後半からリラックスしてきた感じだけど、第一セットはトテモ硬かった。
野口みずきも一時帰国して入院してたって?星野ジャパンは、セリーグ選抜にぼろ負け。
ちょっとさ、かわいそうじゃないか?
まあでも、木村沙織の新ユニフォーム姿は、オグシオに負けず劣らず、
「良いね!」
っていう。強調しすぎじゃね−かな。逆に。特定の部位を。
さて、あしたはいよいよ、「ク○反町」ジャパンのナイジェリア戦。
WEBでは悲観論が大多数。戦犯の議論もまとまりつつある。森本、梶山、香川、本田圭、このあたりを、アメリカ戦同様に「これまでどおりに」使ってくれば、無策決定的。もう監督は日本に帰ってこれないかもしれない。
一方で、ナイジェリアとオランダに、いっそフルボッコにされて、11−0ぐらいで負けて帰ってくれば、今後の日本サッカーのためになるのでは、という声すらある。うん。そうかもしれない。
その方が、「責任の所在」がハッキリしてよいかもしれませんね。
残念な試合内容の上に、出場した選手の残念なコメントの数々も、ファンを引かせている。
それでも応援しちゃうんだって。だって、「日本代表」なんだから。
「日本代表」と名がつくくせに、消極的な戦いや、期待される結果を出せないのに、自分自身的には満足的な発言はいただけない。だって、他にも代表になりたかった人、いたわけだから。
谷亮子は、不可解なジャッジで負けた。柔道酷いね。あれ柔道か?レスリングじゃないの?勝ち負けのほとんどを、審判が決められるようになってる。こんなのスポーツか?柔道の「心」はどこへ行った?攻撃的動作や技術によるポイントが全く無くても、決着がつくのってどうなんだ?身体能力の競技なのか?
それでも、オリンピックがそういう柔道で闘う場所なら、言い訳は出来ない。反則誘発作戦でも何でもして、結果を求めねば、と私は考える。「いやー、真の柔道を貫いたから、別に反則ポイントで負けても悔しくねーし」的な態度を選手が取っていたら、私は悲しい。何故か悲しい。
谷亮子自体、別に非難する気持ちにはならないけど、最後の選考会で、「ちゃんと」谷に勝った女の子はかわいそうだなって思う。実績を買われて谷にしたけど、柔道は過去とは別物になっていて、過去の実績、あんまり関係なかったわあ、って。あほか、っちゅうの。
だったら、あの子を出してあげれば良かったのに。
何しろあの子には、「攻撃的な気持ち」で、あふれていたのだから。
「ハングリー精神」。
でも、引退を問われた谷亮子が、「自分の一存で決められない」と言っていた。え?そんなことってあるの?誰かにやらされてるの?
それを聞いて、選考にも色々あるんだな、と思った。多分。無名の若い子が出て負けるより、実績がある谷が出た方が、どちらにせよメリットがある人たちがいるんだわ。スポンサーとか、色々。
なんだかこの国、がっかりだよね。子供のため、未来のため、みたいな顔して、若年層で食うことしか考えていない。
残念な国、日本。
でも、そろそろ気付けよ。このオリンピックが、誰のために存在するのか。審判を信じるな。ぼろを出すな。圧倒的な勝利しかない。誰が見ても、これで日本が負けなのはおかしい、といわれるような、圧倒的な攻撃的成果をあげて勝つぐらいを目指さないと、ダメな気がする。
能力で、真の世界一を競う、格調高きオリンピック。
そんなもんは、もはや、存在しないのかも知れない。
水着の性能で勝負が決まるんだもんな。【北島今日は何でミズノ?】
審判アテにしている、男子サッカーみたいなことやってると、想像を絶する酷い結果になりかねない。はいはい、そうだよね。一瞬でも他力を期待した自分が馬鹿でした、ぐらい、切り替えなきゃいけないかもしれない。
中国だからかな。そういう空気を、すっごく感じる、北京初日。
悲しい。
払拭してくれるのは、誰だろう。
日記
初戦黒星、反町ジャパン!・・・はっきり言って、怒ってます。
もーーーーううね、見ましたか、皆さん。
もーう私は我慢できません。あの監督に。
自分の希望通りにならないとか、そういうことではなく、サッカーにおける「一般論」を、なぜ無視するのか。なぜ「奇策」に終始するのか。そのことについての説明もなく、自らの責任も全うしない。最悪です。自己中心、私物化、そんな言葉が浮かんでしまうほど不可解で、不愉快です。
怒り狂っています。
何があったか知りませんが、いい加減自信過剰で無責任なあの監督を許すことが出来ません。今、試合後の会見を見ましたが、「自分達の力が発揮できていないと感じる」と言っていました。その態度は、あまり納得のいくものではありませんでした。なぜ発揮できないんですか?と逆に言いたいですね。
確かにそうだと思います。芝は長くて、グランドはでこぼこ。ドリブルが持ち味の香川は、ちょっとしたボールタッチのズレで、相当リズムを崩されていました。パス回しが根幹ですから、相当厳しかったのは確か。でも、2日前に中国入りしている時点で、どうかと思いましたよ。なんじゃそりゃと。
なでしこも、ピッチに苦しんでましたよね。あれ、見てたのかなあ。何とか対策を採って欲しかったですね。
あと、森重(大分)がセットプレーの場面でシュートミスしたから負けたみたいな風潮が、ネット上でありますが、私はそうではないと思います。他にも戦犯に上げられている人のうち、森本(カターニャ)、両本田らも、私は責任はないと思います。彼らは、よくやっていたと思います。
おそらく指示だと思いますが、本田拓は、アドゥーをマンマークしていたのでは?アドゥを自由にさせないという作戦は、成功していましたよ。本田圭と森本については、戦術的ミスです。監督の問題です。
元々森本が1トップで機能するのは、押上げが利いた、コンパクトなシステムが前提です。起点になれないという人が居ますが、そもそも彼は、身体を張ってポイントを作る役割で1トップに入っていません。そりゃ、ある程度はあるでしょうけどね。難しいです。今日の相手と状況では。
本田圭については、右と左では、視野も違えば選択肢も全然違う。左に入れば、縦にドリブルで逃げるという方法もありますが、右サイドでは、タテに行きにくい。し、ここに来て変えられても、という感じです。彼は、右サイドに入ってから、非常に判断が遅くなっています。
ヘディングの場面は、仕方ないでしょう。あんな状況でシュートを打つ選手では、元々無いのですから。右から来るボールに慣れているのです。ひだりから来るボールは、基本的に右側が見えにくい視野を持っているため、右側にシュートを打つのは難しいはずです。本田圭を攻めるのは可哀想です。
全ての責任は反町監督にあります。最大の失敗は、「自らの戦略にこだわり続けた」ことです。選手を殺し、結果も出ない、最悪の「自己中心的監督」の弊害を生んでしまいました。
1トップでやる以上は、1トップがそれなりに強いか、相当コンパクトになっているか、1トップがビルドアップに参加しなくてもチャンスメイクができるか、などの条件が必要だと考えます。日本はそのどれにも当たりません。
ビルドアップの上で重要な、中央の中盤は結局最終的に「谷口」になりました。谷口自身は悪くありません。しかし、ビルドアップの上では「邪魔なだけ」です。激しいプレッシャーを回避できるテクニックと、正確なゲームメークが必要です。彼は、上下動とヘディングの感覚については素晴らしいものを持っていますが、そういう選手ではありません。
コンパクト、という点では、二つチェックポイントがあります。ひとつはディフェンスライン。もうひとつは攻撃の起点です。コンパクトな中で攻撃の起点となるのは、日本の場合両サイドバックです。特に、内田選手が良いときの日本の攻撃ほとんどで起点を作っています。その時点で、「コンパクトになると、中盤でビルドできない」という欠点に気付くべきです。
さらに言えば、ディフェンスリーダーである水本(千葉)選手は、「マンマーカー」であり、「ラインコントローラー」ではありません。その点で、ラインディフェンスに長けた吉田(名古屋)を使っていましたが、オーストラリア戦でのミスを不安に感じたのか、外してしまいました。
水本は確かに1対1に強いです。キャプテンシーもあります。しかし、ディフェンス面では「下がってしまう」選手です。相手についていくために、ラインを下げてしまう選手です。オシムサッカーでは原則マンツーマンでしたから、それでも良かった。最終予選の時は、3バックでしたから、相手だけを見ていればよかった。4バックでのラインコントロールを評価されていたわけではなかったのです。
実際問題、今日の試合で、相手のオフサイドがいくつあったでしょうか?
それでも替わりに出ていた森重はよくやっていましたし、堅実なプレーだったと思いますが。
そして。最大の機能しなかった要因は、明らかです。10番です。梶山(東京F)です。
彼は、独特のパスセンスとリズムを持っています。しかし、残念ながら、その独特のパスセンスと判断、パススピードが、結果に結びついていません。FC東京は今、J1で独走しているでしょうか?疑問です。オーバーエイジを入れても同じような遠藤でしたから、同じ結果になっていたかも知れません。
今日の問題点としては、細かいパスがほとんど通らないこと。パススピードが遅すぎること、アドウーのマークに奔走し、中盤の飛び出しをケアできない本田拓のフォローをほとんどしなかったこと、攻撃の起点にも、サイドチェンジ役にも、何にもならなかったこと。ボール奪取もほとんどしていなかったこと。厳しいようですし、ファンの方は怒るでしょうが、今日の出来に関して言えば、10点満点中「0点」です。
中盤のあのポジションで、ボールを早く正確に動かさなければ、攻撃の起点たるサイドバックは高い位置を取れません。特に今日は、味方も感じていないところへ、予想できない質のパスを「カット」されていたため、サイドバックは怖くてほとんど上がれません。1トップや、香川、本田圭も、体勢の悪い状況でボールを受けることが多く、フィジカルに勝る相手に苦戦していました。
しかも、ディフェンス面での役割も果たしていません。1対1には厳しく当たっていっても、タダついていってるだけでボールは奪取できないし、ボールがその相手から離れると、ボールウォッチャーになって相手を放してしまいます。
実際、1点目のシーン。決めたの相手の「ボランチ」です。梶山は、その選手よりも「後ろ」にいました。本田拓は、最終ラインに吸収されていました。
あと、遠藤についてもいえることですが、あの遅くて意外性の在るプレースタイルは、日本以外でやるべきです。何故なら、フィジカルで勝てない日本人は、ゆっくり正確につながれても、すぐに寄せられてしまい、自由にプレーできないからです。
あれだけ中田【英】が、パススピードとフリーなスペースでパスを受けさせることに拘ったのもわかる気がします。相手に追いつかれてからでは、日本人はまさに「実力を発揮できない」のです。
しかも、反町監督は、その梶山を60分間放置しました。これが細貝だったら?少なくとも本田拓は楽だったでしょうし、両サイドバックは、もっと積極的に高い位置を取れていたでしょう。監督責任です。
香川についても同じです。ドリブルと細かいボールタッチ、パス回しでリズムを作る香川が、あの劣悪な芝のせいで、全く自分のプレーを発揮することが出来ていませんでした。それでも、80分使いました。交代の3人は全て「FW」です。1トップを選択した自らを、自ら否定するような采配を取りました。これはまさに、「岡田監督」と同じ結果です。
なでしこの大野についても、4回の決定機を外した時点で、不調の安藤と替えてサイドに持っていくとか、早めに荒川に変えるとかしないと、イメージが悪いまま調子を崩してしまう気がしました。香川についても同じです。次の試合で先発から外すようなことをすれば、香川自身が「自信をなくすだけのオリンピック」になってしまいます。
そんなことは、断じて許されません。監督はすぐにでも責任を取るべきです。全てが自分の失敗であったことを、辞任することで認めるべきです。そうでなければ、選手達は犠牲になるだけです。そんな権限は、監督ですら、持っているはずがありません。
そして、もうひとつ言えば、「交代する選手がいなかった」のも事実だと思います。水野や平山、上田康太など、一人で局面を変えられる選手を外して、「走れるかどうか」だけで選んだ選手の中に、戦術的な変化をもたらすことが出来る選手がいたかと言えば、甚だ疑問です。
中盤の選手は、細貝しかいません。攻撃を変える選手ではない。それでも入れれば多少変わったかと思いますが、谷口で充分でした。守備レベルでは長友のほうが上回っているにもかかわらず、アメリカの右サイドウィンを破れず、かつ決定的なクロスをあげさせてしまっている以上、守備レベルの下がる安田を投入するのはギャンブルです。後は、FWしかいない。
李は、なかなかボールが出てこないことにイラつき、中盤まで下がってしまいました。彼は、ゴール前で最も力を発揮します。そして、森本とタイプが重複します。
豊田は本田圭が自ら仕掛けて作った最大のチャンスで、シュートコースに入ってシュートをブロックし、相手を振り切ればキーパーと1対1の場面でダイブしてチャンスをつぶしました。ロングボールの競り合いには勝ちましたが、ゴールから相当はなれたところで仕事をしていました。攻撃の選手ではありません。
岡崎は、もっと早く投入していれば、面白い展開が期待できましたが、あまりにも遅すぎました。
日本の武器はセットプレーと稚拙な「演技」しかなく、審判の不当なジャッジで試合をほぼ決定されながらも追いついたなでしことは違い、「完敗」でした。
その最大の責任は、反町監督自身にあります。得点の形を作れない監督は、すばやく更迭すべきです。オジェックのように、切り替えれば結果は改善され、ジーコのように引っ張れば、結果はご覧の通りです。
そしてオシムは、「攻撃の形を作ることだけ」に専念しました。
中澤がいてもいい、トゥーリオがいても良い、ビルドアップができる選手が足りないなら、小笠原を連れて行っても良い。1トップをやらせるなら、玉田でも、大黒でも良い。Jにも、世界レベルの選手はいる。単調なリズムを変えるのは、一人の「とても遅くてパスが出来ない選手」より、チームポゼッションに貢献できる選手を入れたって良い。
何より、世界レベルで闘えるハイボーラーが必要なら、「平山」はなぜ選ばなかったのか。平山は起点にもなれ、ボールタッチもよく、自らもシュートに行ける。彼の調子を狂わせたのは、ただ走ることとただ従順にプレーすることだけを要求した反町と山本前監督だと私は考えます。その二人は、結果を出しているでしょうか。内容を伴ったでしょうか?山本前監督などは、アテネでの功績を認められ、その後どこかのチームで指揮を執っているのでしょうか?
他にも、色々な選手の名前が上がります。見た目だけの、付け焼刃の成果主義、競争主義の顛末です。個人成績を重視しても、全体の成績にはなんら好影響を及ぼさない。
ワールドカップにも、オリンピックにも出ていない世代で、世界のトレンドや見た目、自分の威厳や面子、選手のコントロールだけに終始し、理論や戦術的価値だけで自らのポジションを守ろうとするそのすさまじく醜い様は、日本経済の現状を見ているような気持ちにすらなります。
指揮官に従順なものだけがその場に残り、グループ全体で沈没していく、「玉砕思想」が、この国にはまだ根強くあるのでしょうか。
彼のメンツを守ることだけに終始したことが、この国のサッカーを腐らせる元凶とならないことだけを、強く望みます。
なぜ日本のサッカーが、あそこまで衰退したのか。最近の日本サッカーを見ていると、わかる気がします。「カッコ」を気にしだしたからだし、内部的な政治的な価値観に執着したからではないでしょうか。
そんなに日本は世界的に誇れるような結果を残しているのでしょうか。要するに「つけるほどのカッコが存在する」のでしょうか。日本はまだまだ、サッカー後進国です。WBCで世界制覇した野球の世界とは、全く違うのです。
日本の若年層を、ワールドカップにも、オリンピックにも出ていない日本の若手指導者に任せるのは、大変危険だと思います。
「マネ」しか出来ないからです。現実に即した、「頭を使った判断」が全く出来ないからです。オシム氏の急病が悔やまれてなりません。
今すぐにでも反町監督は責任を取るべきですが、おそらく取らないでしょう。予選がスタートした以上は、最後までこのまま行くでしょう。
選手達は、今こそひとつになってほしい。「監督を、捨てる」という決断をして欲しい。闘っているのは選手達自身なのです。自分達が勝つための戦いを、フィールドの上で選択し、実行して欲しい。選手は、「監督のファッション性や論理的整合性を証明するために闘っているのではない」はずです。彼ら自身の、ために、彼らはまず戦うべきだと私は考えます。ファンや日本サッカーのことは二の次です。当事者には、与えられた義務と責任があるのなら、「権利」もあって然るべきです。
悩む必要はないのです。役割は果たしているし、君たちは正しい。ただ、監督が自分の見た目のことばかり考えているという、だけなのです。
だとしたら、君たちが思うようにやったらいい。誰の目も気にする必要は無い。多くのサッカーファンは、もう全てに気がついてます。日本のスポーツマスコミ、サッカーファンはもっと声を上げるべきです。サッカー日本代表は、日本サッカー協会の持ち物では、ありません。
今夜は悔しくて眠れません。
もーう私は我慢できません。あの監督に。
自分の希望通りにならないとか、そういうことではなく、サッカーにおける「一般論」を、なぜ無視するのか。なぜ「奇策」に終始するのか。そのことについての説明もなく、自らの責任も全うしない。最悪です。自己中心、私物化、そんな言葉が浮かんでしまうほど不可解で、不愉快です。
怒り狂っています。
何があったか知りませんが、いい加減自信過剰で無責任なあの監督を許すことが出来ません。今、試合後の会見を見ましたが、「自分達の力が発揮できていないと感じる」と言っていました。その態度は、あまり納得のいくものではありませんでした。なぜ発揮できないんですか?と逆に言いたいですね。
確かにそうだと思います。芝は長くて、グランドはでこぼこ。ドリブルが持ち味の香川は、ちょっとしたボールタッチのズレで、相当リズムを崩されていました。パス回しが根幹ですから、相当厳しかったのは確か。でも、2日前に中国入りしている時点で、どうかと思いましたよ。なんじゃそりゃと。
なでしこも、ピッチに苦しんでましたよね。あれ、見てたのかなあ。何とか対策を採って欲しかったですね。
あと、森重(大分)がセットプレーの場面でシュートミスしたから負けたみたいな風潮が、ネット上でありますが、私はそうではないと思います。他にも戦犯に上げられている人のうち、森本(カターニャ)、両本田らも、私は責任はないと思います。彼らは、よくやっていたと思います。
おそらく指示だと思いますが、本田拓は、アドゥーをマンマークしていたのでは?アドゥを自由にさせないという作戦は、成功していましたよ。本田圭と森本については、戦術的ミスです。監督の問題です。
元々森本が1トップで機能するのは、押上げが利いた、コンパクトなシステムが前提です。起点になれないという人が居ますが、そもそも彼は、身体を張ってポイントを作る役割で1トップに入っていません。そりゃ、ある程度はあるでしょうけどね。難しいです。今日の相手と状況では。
本田圭については、右と左では、視野も違えば選択肢も全然違う。左に入れば、縦にドリブルで逃げるという方法もありますが、右サイドでは、タテに行きにくい。し、ここに来て変えられても、という感じです。彼は、右サイドに入ってから、非常に判断が遅くなっています。
ヘディングの場面は、仕方ないでしょう。あんな状況でシュートを打つ選手では、元々無いのですから。右から来るボールに慣れているのです。ひだりから来るボールは、基本的に右側が見えにくい視野を持っているため、右側にシュートを打つのは難しいはずです。本田圭を攻めるのは可哀想です。
全ての責任は反町監督にあります。最大の失敗は、「自らの戦略にこだわり続けた」ことです。選手を殺し、結果も出ない、最悪の「自己中心的監督」の弊害を生んでしまいました。
1トップでやる以上は、1トップがそれなりに強いか、相当コンパクトになっているか、1トップがビルドアップに参加しなくてもチャンスメイクができるか、などの条件が必要だと考えます。日本はそのどれにも当たりません。
ビルドアップの上で重要な、中央の中盤は結局最終的に「谷口」になりました。谷口自身は悪くありません。しかし、ビルドアップの上では「邪魔なだけ」です。激しいプレッシャーを回避できるテクニックと、正確なゲームメークが必要です。彼は、上下動とヘディングの感覚については素晴らしいものを持っていますが、そういう選手ではありません。
コンパクト、という点では、二つチェックポイントがあります。ひとつはディフェンスライン。もうひとつは攻撃の起点です。コンパクトな中で攻撃の起点となるのは、日本の場合両サイドバックです。特に、内田選手が良いときの日本の攻撃ほとんどで起点を作っています。その時点で、「コンパクトになると、中盤でビルドできない」という欠点に気付くべきです。
さらに言えば、ディフェンスリーダーである水本(千葉)選手は、「マンマーカー」であり、「ラインコントローラー」ではありません。その点で、ラインディフェンスに長けた吉田(名古屋)を使っていましたが、オーストラリア戦でのミスを不安に感じたのか、外してしまいました。
水本は確かに1対1に強いです。キャプテンシーもあります。しかし、ディフェンス面では「下がってしまう」選手です。相手についていくために、ラインを下げてしまう選手です。オシムサッカーでは原則マンツーマンでしたから、それでも良かった。最終予選の時は、3バックでしたから、相手だけを見ていればよかった。4バックでのラインコントロールを評価されていたわけではなかったのです。
実際問題、今日の試合で、相手のオフサイドがいくつあったでしょうか?
それでも替わりに出ていた森重はよくやっていましたし、堅実なプレーだったと思いますが。
そして。最大の機能しなかった要因は、明らかです。10番です。梶山(東京F)です。
彼は、独特のパスセンスとリズムを持っています。しかし、残念ながら、その独特のパスセンスと判断、パススピードが、結果に結びついていません。FC東京は今、J1で独走しているでしょうか?疑問です。オーバーエイジを入れても同じような遠藤でしたから、同じ結果になっていたかも知れません。
今日の問題点としては、細かいパスがほとんど通らないこと。パススピードが遅すぎること、アドウーのマークに奔走し、中盤の飛び出しをケアできない本田拓のフォローをほとんどしなかったこと、攻撃の起点にも、サイドチェンジ役にも、何にもならなかったこと。ボール奪取もほとんどしていなかったこと。厳しいようですし、ファンの方は怒るでしょうが、今日の出来に関して言えば、10点満点中「0点」です。
中盤のあのポジションで、ボールを早く正確に動かさなければ、攻撃の起点たるサイドバックは高い位置を取れません。特に今日は、味方も感じていないところへ、予想できない質のパスを「カット」されていたため、サイドバックは怖くてほとんど上がれません。1トップや、香川、本田圭も、体勢の悪い状況でボールを受けることが多く、フィジカルに勝る相手に苦戦していました。
しかも、ディフェンス面での役割も果たしていません。1対1には厳しく当たっていっても、タダついていってるだけでボールは奪取できないし、ボールがその相手から離れると、ボールウォッチャーになって相手を放してしまいます。
実際、1点目のシーン。決めたの相手の「ボランチ」です。梶山は、その選手よりも「後ろ」にいました。本田拓は、最終ラインに吸収されていました。
あと、遠藤についてもいえることですが、あの遅くて意外性の在るプレースタイルは、日本以外でやるべきです。何故なら、フィジカルで勝てない日本人は、ゆっくり正確につながれても、すぐに寄せられてしまい、自由にプレーできないからです。
あれだけ中田【英】が、パススピードとフリーなスペースでパスを受けさせることに拘ったのもわかる気がします。相手に追いつかれてからでは、日本人はまさに「実力を発揮できない」のです。
しかも、反町監督は、その梶山を60分間放置しました。これが細貝だったら?少なくとも本田拓は楽だったでしょうし、両サイドバックは、もっと積極的に高い位置を取れていたでしょう。監督責任です。
香川についても同じです。ドリブルと細かいボールタッチ、パス回しでリズムを作る香川が、あの劣悪な芝のせいで、全く自分のプレーを発揮することが出来ていませんでした。それでも、80分使いました。交代の3人は全て「FW」です。1トップを選択した自らを、自ら否定するような采配を取りました。これはまさに、「岡田監督」と同じ結果です。
なでしこの大野についても、4回の決定機を外した時点で、不調の安藤と替えてサイドに持っていくとか、早めに荒川に変えるとかしないと、イメージが悪いまま調子を崩してしまう気がしました。香川についても同じです。次の試合で先発から外すようなことをすれば、香川自身が「自信をなくすだけのオリンピック」になってしまいます。
そんなことは、断じて許されません。監督はすぐにでも責任を取るべきです。全てが自分の失敗であったことを、辞任することで認めるべきです。そうでなければ、選手達は犠牲になるだけです。そんな権限は、監督ですら、持っているはずがありません。
そして、もうひとつ言えば、「交代する選手がいなかった」のも事実だと思います。水野や平山、上田康太など、一人で局面を変えられる選手を外して、「走れるかどうか」だけで選んだ選手の中に、戦術的な変化をもたらすことが出来る選手がいたかと言えば、甚だ疑問です。
中盤の選手は、細貝しかいません。攻撃を変える選手ではない。それでも入れれば多少変わったかと思いますが、谷口で充分でした。守備レベルでは長友のほうが上回っているにもかかわらず、アメリカの右サイドウィンを破れず、かつ決定的なクロスをあげさせてしまっている以上、守備レベルの下がる安田を投入するのはギャンブルです。後は、FWしかいない。
李は、なかなかボールが出てこないことにイラつき、中盤まで下がってしまいました。彼は、ゴール前で最も力を発揮します。そして、森本とタイプが重複します。
豊田は本田圭が自ら仕掛けて作った最大のチャンスで、シュートコースに入ってシュートをブロックし、相手を振り切ればキーパーと1対1の場面でダイブしてチャンスをつぶしました。ロングボールの競り合いには勝ちましたが、ゴールから相当はなれたところで仕事をしていました。攻撃の選手ではありません。
岡崎は、もっと早く投入していれば、面白い展開が期待できましたが、あまりにも遅すぎました。
日本の武器はセットプレーと稚拙な「演技」しかなく、審判の不当なジャッジで試合をほぼ決定されながらも追いついたなでしことは違い、「完敗」でした。
その最大の責任は、反町監督自身にあります。得点の形を作れない監督は、すばやく更迭すべきです。オジェックのように、切り替えれば結果は改善され、ジーコのように引っ張れば、結果はご覧の通りです。
そしてオシムは、「攻撃の形を作ることだけ」に専念しました。
中澤がいてもいい、トゥーリオがいても良い、ビルドアップができる選手が足りないなら、小笠原を連れて行っても良い。1トップをやらせるなら、玉田でも、大黒でも良い。Jにも、世界レベルの選手はいる。単調なリズムを変えるのは、一人の「とても遅くてパスが出来ない選手」より、チームポゼッションに貢献できる選手を入れたって良い。
何より、世界レベルで闘えるハイボーラーが必要なら、「平山」はなぜ選ばなかったのか。平山は起点にもなれ、ボールタッチもよく、自らもシュートに行ける。彼の調子を狂わせたのは、ただ走ることとただ従順にプレーすることだけを要求した反町と山本前監督だと私は考えます。その二人は、結果を出しているでしょうか。内容を伴ったでしょうか?山本前監督などは、アテネでの功績を認められ、その後どこかのチームで指揮を執っているのでしょうか?
他にも、色々な選手の名前が上がります。見た目だけの、付け焼刃の成果主義、競争主義の顛末です。個人成績を重視しても、全体の成績にはなんら好影響を及ぼさない。
ワールドカップにも、オリンピックにも出ていない世代で、世界のトレンドや見た目、自分の威厳や面子、選手のコントロールだけに終始し、理論や戦術的価値だけで自らのポジションを守ろうとするそのすさまじく醜い様は、日本経済の現状を見ているような気持ちにすらなります。
指揮官に従順なものだけがその場に残り、グループ全体で沈没していく、「玉砕思想」が、この国にはまだ根強くあるのでしょうか。
彼のメンツを守ることだけに終始したことが、この国のサッカーを腐らせる元凶とならないことだけを、強く望みます。
なぜ日本のサッカーが、あそこまで衰退したのか。最近の日本サッカーを見ていると、わかる気がします。「カッコ」を気にしだしたからだし、内部的な政治的な価値観に執着したからではないでしょうか。
そんなに日本は世界的に誇れるような結果を残しているのでしょうか。要するに「つけるほどのカッコが存在する」のでしょうか。日本はまだまだ、サッカー後進国です。WBCで世界制覇した野球の世界とは、全く違うのです。
日本の若年層を、ワールドカップにも、オリンピックにも出ていない日本の若手指導者に任せるのは、大変危険だと思います。
「マネ」しか出来ないからです。現実に即した、「頭を使った判断」が全く出来ないからです。オシム氏の急病が悔やまれてなりません。
今すぐにでも反町監督は責任を取るべきですが、おそらく取らないでしょう。予選がスタートした以上は、最後までこのまま行くでしょう。
選手達は、今こそひとつになってほしい。「監督を、捨てる」という決断をして欲しい。闘っているのは選手達自身なのです。自分達が勝つための戦いを、フィールドの上で選択し、実行して欲しい。選手は、「監督のファッション性や論理的整合性を証明するために闘っているのではない」はずです。彼ら自身の、ために、彼らはまず戦うべきだと私は考えます。ファンや日本サッカーのことは二の次です。当事者には、与えられた義務と責任があるのなら、「権利」もあって然るべきです。
悩む必要はないのです。役割は果たしているし、君たちは正しい。ただ、監督が自分の見た目のことばかり考えているという、だけなのです。
だとしたら、君たちが思うようにやったらいい。誰の目も気にする必要は無い。多くのサッカーファンは、もう全てに気がついてます。日本のスポーツマスコミ、サッカーファンはもっと声を上げるべきです。サッカー日本代表は、日本サッカー協会の持ち物では、ありません。
今夜は悔しくて眠れません。
日記
北京)なでしこドロー)なんじゃこりゃ!?
いやー、悔しい。又サッカーネタを書いてるけど。
北京オリンピック開幕に先んじて、昨日開幕したオリンピック女子のサッカー。皆様見ましたか?日本は、澤の同点ゴールで何とか追いつき、絶対に負けが許されない相手、ニュージーランドと引き分けました。
っていうかね、予想通りだけど、シドニー、アテネの金メダリストと同じ組だしね、なんか「力」の存在を感じていたけど、今日最悪の形でそれが表現されてしまった。
一点目の失点は仕方が無い。明らかにパフォーマンスが悪かった選手はいました。特に、安藤、柳田、近賀の3人は良くなかったね。長い芝のピッチに最後までなじめなかった。特に、タッチ数の多い柳田と安藤は、明らかにドリブルでリズムを掴めていませんでした。
個人的には、柳田のサイドバックは、ちょっと反対。前からだけどね。テクニックもプレースキックもあるのはわかるんだけど、スプリント能力が、ちょっとサイドバックとしては物足りないのと、あとフィジカルだよね。やっぱり左サイドは何度も崩されていた。
特に、体格の上回る相手に、ボールが走らない芝で、必要の無いタッチが多くて身体を入れられて取られたり、ショートパスが短くなってカットされたり、柳田は特に良くなかったですね。
俺ならもう少し前で使うよ。そのほうがリスクないし。どうなんでしょうか。これから体格的に下回る相手なんて、いるの?宮間を前に出したいのなら、余計にサイドバックはディフェンス重視でもいいと思うんだよな。とにかく、一点目は、柳田が振り切られ、近賀が敵を見落とし、必要の無いスルーをして付かれた一点でした。
油断を感じたなあ。ニュージーランドというより、「北京」とか、「初戦」というシチュエーションを考えたら、なによりもセーフティファースト。ミスが許されない。ジャッジは相手よりだし。
だからこそ、【怪我があったからかもしれないけど)大野・永里という、ある程度ディフェンスからの速攻だとか、チェイシングを意識した布陣にしたんじゃないのかなあ。その辺は徹底する必要ありです。
でも、それ以外は、本当に良いチームだと思います。判断も、つなぎも良いし、ディフェンスも澤、阪口を中心に、機能している。男子に見せてやりたいぐらいの内容とポテンシャルを持ってます。だからこそこの引き分けは・・・もったいないなあー。
大野も、3回決定機を外してしまったけど、とにかく硬かった。一点取れば変わるし、気分転換に安藤のポジションに入れてもいいと思うし。全然。永里、大野は、もっともっとやれます。
まだまだ盛り返すチャンスはある。澤の2点目は見事!あれ難しいよねー。澤はデフェンス、サイドチェンジ、ミドルシュート・パス、自らの攻撃参加と同点ゴール。素晴らしすぎます。男子の代表に入れたいぐらいだよ。
荒川親分が登場してから、ぐっとチームが落ち着いたのに、すぐに3トップにして大味になったり、安藤や大野の交代のタイミングが遅かったり、佐々木さんの采配はちょっと・・・です。全体的なチーム作りは良いだけに、こちらももったいない!次こそは!
アメリカがノルウェーに負けたため、次でアメリカをたたければ、決勝トーナメント進出はまだまだチャンス大あり。今回のなでしこは強い!だからこそ、予選リーグ敗退はもったいなさ過ぎる!
最後に・・・なんだーあのPKは!!!
岩清水なんて、ヒトにもボールにも、何にも関与してないじゃないか!イエローを出して出場停止を誘い、かつPKを与えるなんて!岩清水なしなんて・・・考えられない。
セットプレー危ないと思ってた。そういうところでしか、「力」を発揮できる展開じゃなかったから。その不安はあたり、最初のコーナーで以上に身体的接触を注意する主審。っていうか、体格差あるんだから、密着しないでどうやって守れって言うんだコラア!松木安太郎解説だったら、黙ってないのに【笑】。
まあでも、力があるのはわかった。後は、いろんな意味で本番モードの集中を高めれば、という所。福本もPK何とかできたかもしれないし、大野がひとつでも決めていれば、試合の展開は大きく変わったはず。原、加藤などのベテランを上手く使って、アメリカ・ノルウェーとは、対等にやりあえるはず。
いやー、オリンピック、面白いわ。
北京オリンピック開幕に先んじて、昨日開幕したオリンピック女子のサッカー。皆様見ましたか?日本は、澤の同点ゴールで何とか追いつき、絶対に負けが許されない相手、ニュージーランドと引き分けました。
っていうかね、予想通りだけど、シドニー、アテネの金メダリストと同じ組だしね、なんか「力」の存在を感じていたけど、今日最悪の形でそれが表現されてしまった。
一点目の失点は仕方が無い。明らかにパフォーマンスが悪かった選手はいました。特に、安藤、柳田、近賀の3人は良くなかったね。長い芝のピッチに最後までなじめなかった。特に、タッチ数の多い柳田と安藤は、明らかにドリブルでリズムを掴めていませんでした。
個人的には、柳田のサイドバックは、ちょっと反対。前からだけどね。テクニックもプレースキックもあるのはわかるんだけど、スプリント能力が、ちょっとサイドバックとしては物足りないのと、あとフィジカルだよね。やっぱり左サイドは何度も崩されていた。
特に、体格の上回る相手に、ボールが走らない芝で、必要の無いタッチが多くて身体を入れられて取られたり、ショートパスが短くなってカットされたり、柳田は特に良くなかったですね。
俺ならもう少し前で使うよ。そのほうがリスクないし。どうなんでしょうか。これから体格的に下回る相手なんて、いるの?宮間を前に出したいのなら、余計にサイドバックはディフェンス重視でもいいと思うんだよな。とにかく、一点目は、柳田が振り切られ、近賀が敵を見落とし、必要の無いスルーをして付かれた一点でした。
油断を感じたなあ。ニュージーランドというより、「北京」とか、「初戦」というシチュエーションを考えたら、なによりもセーフティファースト。ミスが許されない。ジャッジは相手よりだし。
だからこそ、【怪我があったからかもしれないけど)大野・永里という、ある程度ディフェンスからの速攻だとか、チェイシングを意識した布陣にしたんじゃないのかなあ。その辺は徹底する必要ありです。
でも、それ以外は、本当に良いチームだと思います。判断も、つなぎも良いし、ディフェンスも澤、阪口を中心に、機能している。男子に見せてやりたいぐらいの内容とポテンシャルを持ってます。だからこそこの引き分けは・・・もったいないなあー。
大野も、3回決定機を外してしまったけど、とにかく硬かった。一点取れば変わるし、気分転換に安藤のポジションに入れてもいいと思うし。全然。永里、大野は、もっともっとやれます。
まだまだ盛り返すチャンスはある。澤の2点目は見事!あれ難しいよねー。澤はデフェンス、サイドチェンジ、ミドルシュート・パス、自らの攻撃参加と同点ゴール。素晴らしすぎます。男子の代表に入れたいぐらいだよ。
荒川親分が登場してから、ぐっとチームが落ち着いたのに、すぐに3トップにして大味になったり、安藤や大野の交代のタイミングが遅かったり、佐々木さんの采配はちょっと・・・です。全体的なチーム作りは良いだけに、こちらももったいない!次こそは!
アメリカがノルウェーに負けたため、次でアメリカをたたければ、決勝トーナメント進出はまだまだチャンス大あり。今回のなでしこは強い!だからこそ、予選リーグ敗退はもったいなさ過ぎる!
最後に・・・なんだーあのPKは!!!
岩清水なんて、ヒトにもボールにも、何にも関与してないじゃないか!イエローを出して出場停止を誘い、かつPKを与えるなんて!岩清水なしなんて・・・考えられない。
セットプレー危ないと思ってた。そういうところでしか、「力」を発揮できる展開じゃなかったから。その不安はあたり、最初のコーナーで以上に身体的接触を注意する主審。っていうか、体格差あるんだから、密着しないでどうやって守れって言うんだコラア!松木安太郎解説だったら、黙ってないのに【笑】。
まあでも、力があるのはわかった。後は、いろんな意味で本番モードの集中を高めれば、という所。福本もPK何とかできたかもしれないし、大野がひとつでも決めていれば、試合の展開は大きく変わったはず。原、加藤などのベテランを上手く使って、アメリカ・ノルウェーとは、対等にやりあえるはず。
いやー、オリンピック、面白いわ。
日記
二つの洗脳ー2〜風説洗脳、自己洗脳〜
洗脳の話の続き。
他者への憎悪を抑制する気持ち。それは、一つの洗脳ではないかと。
洗脳って、言葉悪いかな。以前報道で多用された事も関連しているかもしれない。啓蒙、教育、まあ、それに近い意味だと思ってもらえばいい。
社会秩序を維持するためには、当然一定の洗脳が必要である。
人間は、この世におこるすべての事象を、自ら検証し価値観化していくことは不可能だ。・・・最も、そんなことしようと思う人間が居ないだろうが。その上で、社会という集団が機能するために、当然の規範は必要になる。その点で、一定の洗脳、つまり、自分が検証できない事について、ある程度の価値観を与えて、行動を統制する事は不可欠なのである。
国家という社会集団の場合、その集団の目的は、独立国家としての権力領域を維持し、その構成員たる国民の権利と自由を守ることになるだろうか。主権国家を宣言し、国家運営をする以上は、その国家という集団において、一定の価値観が共有されていると考える。
その元になるものは、民族的経験則や、歴史的文化的側面に基づく価値観ということになるだろうか。それが、正規の目的にかなった価値観であれば、それは「国家教育」という事になる。
私が洗脳と書いたのは、私が抑圧している憎悪の多くは、国家的目的を果たすための行動において生まれた憎悪ではなく、「私個人の人間的価値の否定」において生まれた憎悪だからである。
なぜそんな事が生まれているか、について説明すると、果てしなく長くなってしまうので、割愛するが、とにかくそんな憎悪を生むきっかけとなっているものは、国家的目的の洗脳等とは、微妙に無関係だと思うのだ。
そして、そんな洗脳を強化するために、二つの洗脳が必要、という話。
一つは、集団的洗脳。いわゆる「風説の流布」である。
不明確な根拠で、一見本当そうな情報を共通認識化する行為。それによって、「数の論理」が働き、周囲による評価を気にする場合には、それが自分に対する疑いを強化し、迷わなくても良いのに勝手に不安になって自らへの洗脳を強化してしまう場合。
これは別に説明する必要は無いだろう。この国の人で、このような状況を見たことがないひとなど、ほとんど居ないと思う。
ちなみに、私はこういう事をする人が、大嫌いです。
でも自分もしちゃうんだけどね。
もう一つは、自己による洗脳。
親和欲求を人質に取り、性善説的な正論を立てに要求される自らへの評価を、否定することに対する自らの罪悪感。この感情が、自らへのマイナスの洗脳を強化する。
たとえば、ということで考えてみた。他にもあり得るだろう。
マイナスの感情をぶつけられる事について、自分個人に対するものであれば、私は別に気にならない。しかし、「間接的な攻撃」については、赦すことが出来ない憎悪を感じる。
たとえば、だ。
いわゆる、仕事における「脚の引っ張り合い」とか、顧客に迷惑をかける事も顧みず、自らの気分・欲望で行う不正確な情報の流布やそれらに基づく業務妨害などである。
そんなもの、許す必要ない。そういう人が居るかもしれない。
しかし、許さなかったとして、自分がいくら正しくても、権威がそれを利用する場合が、残念ながらこの世の中にはある。
権威が、本当の権威ではなく、実力のない、保身に徹する権威であればなおさらである。
だから下らない、と、思っていても、憎悪をやり過ごして、マイナス感情を取りなす。
マイナス感情を持っているものが一番強いか、といえばそんなことはない。そんな感情を持っている人間は、結局一人では何もすることが出来ず、出世したとしても外部の権威に取り入ろうとするか、身内にマイナス感情をはき出して離れられるかのどっちかだ。(実際、有能な社員がやめても、特に残念がらない経営幹部などが存在する。)
親和欲求を捨てて、自己洗脳を放棄し、正論をたてに自分の信念に基づいて行動出来れば一番良いのだが、それが許されるものはこの世界で数えるほどである。巧妙に利害関係者同士が保険を複数に掛け合い、いくつかの鎖が切れても、他の鎖の力で何とか沈没を回避する事も可能な組織を、人間というものは紡いでいく。
くだらない、世の中だ。
いくら個人に実力があっても、権威の腹一つで、社会的に抹殺する事が可能なのである。
そんな現実を目の当たりにして、人は抵抗力を失い、抱えてしまった家族の大切さすら自己洗脳して、自ら管理される人生に、快適さを感じてしまう。結果、自己洗脳を強めるきっかけになる。
俺は洗脳されてない、と主張する人ほど、危ないと思う。
国家的洗脳が存在するように、「人が調べて決定した」価値観・世界観に基づく社会を生きている以上、真偽を問わず、誰かの考えや行動を信頼して生きているに他ならない。
その時点で、一定の洗脳化にあることは、間違いないのだ。身体の完全独立な自由は、原則的に存在し得ない。そんなことを言ってる人は、漠然と根拠のない、「自分好き」の一心で言っている可能性があり、そういう人は私などよりずっと、洗脳されやすいのではないかと思う。
とにかく、そんなマイナス感情にこれから直面する事があっても、絶対に「自己洗脳」をしてはならない。要は、逃げてはならないのだ。直視するということは、マイナス感情にあえて立ち向かって、「冷静に診断する」事なのだと、今は思う。
でも嫌いだ。
一切本音を語らず、自分のメンツと印象だけを考えて、適当な言葉だけを話し続ける人間は、どんなに情状酌量の余地があったとしても、出来るだけ関わりたくない、とどうしても思ってしまう。
私は、憎悪を増幅し、攻撃性を向けさせようとするトラップを仕掛けてくるものにたいして、私は一定の防御力を備えなければならないのだ。
他者への憎悪を抑制する気持ち。それは、一つの洗脳ではないかと。
洗脳って、言葉悪いかな。以前報道で多用された事も関連しているかもしれない。啓蒙、教育、まあ、それに近い意味だと思ってもらえばいい。
社会秩序を維持するためには、当然一定の洗脳が必要である。
人間は、この世におこるすべての事象を、自ら検証し価値観化していくことは不可能だ。・・・最も、そんなことしようと思う人間が居ないだろうが。その上で、社会という集団が機能するために、当然の規範は必要になる。その点で、一定の洗脳、つまり、自分が検証できない事について、ある程度の価値観を与えて、行動を統制する事は不可欠なのである。
国家という社会集団の場合、その集団の目的は、独立国家としての権力領域を維持し、その構成員たる国民の権利と自由を守ることになるだろうか。主権国家を宣言し、国家運営をする以上は、その国家という集団において、一定の価値観が共有されていると考える。
その元になるものは、民族的経験則や、歴史的文化的側面に基づく価値観ということになるだろうか。それが、正規の目的にかなった価値観であれば、それは「国家教育」という事になる。
私が洗脳と書いたのは、私が抑圧している憎悪の多くは、国家的目的を果たすための行動において生まれた憎悪ではなく、「私個人の人間的価値の否定」において生まれた憎悪だからである。
なぜそんな事が生まれているか、について説明すると、果てしなく長くなってしまうので、割愛するが、とにかくそんな憎悪を生むきっかけとなっているものは、国家的目的の洗脳等とは、微妙に無関係だと思うのだ。
そして、そんな洗脳を強化するために、二つの洗脳が必要、という話。
一つは、集団的洗脳。いわゆる「風説の流布」である。
不明確な根拠で、一見本当そうな情報を共通認識化する行為。それによって、「数の論理」が働き、周囲による評価を気にする場合には、それが自分に対する疑いを強化し、迷わなくても良いのに勝手に不安になって自らへの洗脳を強化してしまう場合。
これは別に説明する必要は無いだろう。この国の人で、このような状況を見たことがないひとなど、ほとんど居ないと思う。
ちなみに、私はこういう事をする人が、大嫌いです。
でも自分もしちゃうんだけどね。
もう一つは、自己による洗脳。
親和欲求を人質に取り、性善説的な正論を立てに要求される自らへの評価を、否定することに対する自らの罪悪感。この感情が、自らへのマイナスの洗脳を強化する。
たとえば、ということで考えてみた。他にもあり得るだろう。
マイナスの感情をぶつけられる事について、自分個人に対するものであれば、私は別に気にならない。しかし、「間接的な攻撃」については、赦すことが出来ない憎悪を感じる。
たとえば、だ。
いわゆる、仕事における「脚の引っ張り合い」とか、顧客に迷惑をかける事も顧みず、自らの気分・欲望で行う不正確な情報の流布やそれらに基づく業務妨害などである。
そんなもの、許す必要ない。そういう人が居るかもしれない。
しかし、許さなかったとして、自分がいくら正しくても、権威がそれを利用する場合が、残念ながらこの世の中にはある。
権威が、本当の権威ではなく、実力のない、保身に徹する権威であればなおさらである。
だから下らない、と、思っていても、憎悪をやり過ごして、マイナス感情を取りなす。
マイナス感情を持っているものが一番強いか、といえばそんなことはない。そんな感情を持っている人間は、結局一人では何もすることが出来ず、出世したとしても外部の権威に取り入ろうとするか、身内にマイナス感情をはき出して離れられるかのどっちかだ。(実際、有能な社員がやめても、特に残念がらない経営幹部などが存在する。)
親和欲求を捨てて、自己洗脳を放棄し、正論をたてに自分の信念に基づいて行動出来れば一番良いのだが、それが許されるものはこの世界で数えるほどである。巧妙に利害関係者同士が保険を複数に掛け合い、いくつかの鎖が切れても、他の鎖の力で何とか沈没を回避する事も可能な組織を、人間というものは紡いでいく。
くだらない、世の中だ。
いくら個人に実力があっても、権威の腹一つで、社会的に抹殺する事が可能なのである。
そんな現実を目の当たりにして、人は抵抗力を失い、抱えてしまった家族の大切さすら自己洗脳して、自ら管理される人生に、快適さを感じてしまう。結果、自己洗脳を強めるきっかけになる。
俺は洗脳されてない、と主張する人ほど、危ないと思う。
国家的洗脳が存在するように、「人が調べて決定した」価値観・世界観に基づく社会を生きている以上、真偽を問わず、誰かの考えや行動を信頼して生きているに他ならない。
その時点で、一定の洗脳化にあることは、間違いないのだ。身体の完全独立な自由は、原則的に存在し得ない。そんなことを言ってる人は、漠然と根拠のない、「自分好き」の一心で言っている可能性があり、そういう人は私などよりずっと、洗脳されやすいのではないかと思う。
とにかく、そんなマイナス感情にこれから直面する事があっても、絶対に「自己洗脳」をしてはならない。要は、逃げてはならないのだ。直視するということは、マイナス感情にあえて立ち向かって、「冷静に診断する」事なのだと、今は思う。
でも嫌いだ。
一切本音を語らず、自分のメンツと印象だけを考えて、適当な言葉だけを話し続ける人間は、どんなに情状酌量の余地があったとしても、出来るだけ関わりたくない、とどうしても思ってしまう。
私は、憎悪を増幅し、攻撃性を向けさせようとするトラップを仕掛けてくるものにたいして、私は一定の防御力を備えなければならないのだ。
ドラマ及びあしたの、喜多善男
二つの洗脳ー1〜「あしたの喜多善男」のDVDについて〜
このブログでずっと書いてきた、ドラマ「あしたの、喜多善男」。
2008年1月〜3月放送で、驚異的な低視聴率で話題になったものの、終盤の小日向文世の鬼気迫る芝居が話題になったドラマです。
出版社のしがない会社員、喜多善男が、人生とこの世界に絶望し、親友の命日である11日後に自らこの世を去る決意を固め、その日を迎えるまでの11日間を描いたドラマ。
わたしは、たまたまこのドラマを見て、非常に影響され、共感を得る部分も多くあった。
このドラマのDVDーBOXは、既に発売されており、特製カレースプーンと11大特典付きというパッケージになっている。
あんなに一生懸命、久しぶりにドラマを見たのに、DVDも買ってしまったのだが、やっぱり面白い。リアリティ、音楽、コメディ、様々な要素が面白い。サスペンスについては、WEB上でもそのつじつまについて議論があったようだが、まあ、テレビドラマとしてはあんなもので善いのではないだろうか。
さて、このDVD、Amazonで見てみたら、もうマーケットプレイスにしか無いようだ。元々視聴率が取り分けよかった訳ではないので、ロット自体が少ないのだろうが、それにしてもこの反応には驚いた。それも、定価での出品しかない。
この作品で、主人公、喜多善男のネガティブな人格を、恐ろしいまでの冷静さと強さで演じた小日向文世と、19歳の無名女優ながら、上述の台詞を読み上げ、ドラマに違ったアクセントを加えた吉高由里子が、ここでの活躍を評価された訳ではないだろうが、現在放送中の月9「太陽と海の教室」に出演している。
このドラマでも、小日向は怖いほど冷たく厳格な教頭を演じている。前クールの「ハチワンダイバー」でも、厳格な主人公の将棋の師匠役を好演している。今後小日向文世の活躍する領域は、ますます広がって行きそうだ。個人的にはそのことを歓迎したい。
このドラマの価値、それはいったい何だったのだろうか。
脚本を担当した飯田穣治は、最終回で宵町しのぶが読み上げる詩の一節が、電波に乗って、数百人の元に届けられただけでも意味があった事を語っている。
「もっとも難しいことは、「自分を許すこと」なのだ」
「人は誰もが心の奥に黒いものを抱えている。
そんな人間が、ただ純粋に愛を求めることがある。
愛を求めるのなら、許すことを知りなさい。他人を、そして自らを。」
そんな感じだっただろうか。
アマゾンのレビューでも書いている人が居たが、私もこのシーンに涙が止まらなかった。割と私は理屈っぽい方で、何事にも理由や根拠を求めがちなのだが、この瞬間の涙については、そのときは説明がつかなかった。
赦しなさい、他人を、そして自らを。
なぜ、このキーワードに私の心は反応したのだろう。
自らを赦すことが、ずっと怖かった。
自らを赦す事をしてしまえば、押さえつけていた他者への憎悪が、再びよみがえってくる様な気がしたからだ。
他者への憎悪や嫉妬など、マイナスな感情から離れたい、そう思って、私は仕事の現場を離れた。自分が良いポジションで、見栄えのする仕事をすればするほど、誰かのマイナスの感情を感じる事になる。
目をそらしてもそらしても、それは目の前に現れ、私を試す。あいつを的にしてしまえばいい。あいつのせいにしてしまえばいい。実際、そうなのだから。
そんなことを考えていても、そこからは何も生まれない。
必死にそう語りかけて、自分を保ってきた。
しかし、その気持ちが今、揺らぎ始めている。
それが「洗脳」であることを、何となく感じてしまったからだ。
2008年1月〜3月放送で、驚異的な低視聴率で話題になったものの、終盤の小日向文世の鬼気迫る芝居が話題になったドラマです。
出版社のしがない会社員、喜多善男が、人生とこの世界に絶望し、親友の命日である11日後に自らこの世を去る決意を固め、その日を迎えるまでの11日間を描いたドラマ。
わたしは、たまたまこのドラマを見て、非常に影響され、共感を得る部分も多くあった。
このドラマのDVDーBOXは、既に発売されており、特製カレースプーンと11大特典付きというパッケージになっている。
あんなに一生懸命、久しぶりにドラマを見たのに、DVDも買ってしまったのだが、やっぱり面白い。リアリティ、音楽、コメディ、様々な要素が面白い。サスペンスについては、WEB上でもそのつじつまについて議論があったようだが、まあ、テレビドラマとしてはあんなもので善いのではないだろうか。
さて、このDVD、Amazonで見てみたら、もうマーケットプレイスにしか無いようだ。元々視聴率が取り分けよかった訳ではないので、ロット自体が少ないのだろうが、それにしてもこの反応には驚いた。それも、定価での出品しかない。
この作品で、主人公、喜多善男のネガティブな人格を、恐ろしいまでの冷静さと強さで演じた小日向文世と、19歳の無名女優ながら、上述の台詞を読み上げ、ドラマに違ったアクセントを加えた吉高由里子が、ここでの活躍を評価された訳ではないだろうが、現在放送中の月9「太陽と海の教室」に出演している。
このドラマでも、小日向は怖いほど冷たく厳格な教頭を演じている。前クールの「ハチワンダイバー」でも、厳格な主人公の将棋の師匠役を好演している。今後小日向文世の活躍する領域は、ますます広がって行きそうだ。個人的にはそのことを歓迎したい。
このドラマの価値、それはいったい何だったのだろうか。
脚本を担当した飯田穣治は、最終回で宵町しのぶが読み上げる詩の一節が、電波に乗って、数百人の元に届けられただけでも意味があった事を語っている。
「もっとも難しいことは、「自分を許すこと」なのだ」
「人は誰もが心の奥に黒いものを抱えている。
そんな人間が、ただ純粋に愛を求めることがある。
愛を求めるのなら、許すことを知りなさい。他人を、そして自らを。」
そんな感じだっただろうか。
アマゾンのレビューでも書いている人が居たが、私もこのシーンに涙が止まらなかった。割と私は理屈っぽい方で、何事にも理由や根拠を求めがちなのだが、この瞬間の涙については、そのときは説明がつかなかった。
赦しなさい、他人を、そして自らを。
なぜ、このキーワードに私の心は反応したのだろう。
自らを赦すことが、ずっと怖かった。
自らを赦す事をしてしまえば、押さえつけていた他者への憎悪が、再びよみがえってくる様な気がしたからだ。
他者への憎悪や嫉妬など、マイナスな感情から離れたい、そう思って、私は仕事の現場を離れた。自分が良いポジションで、見栄えのする仕事をすればするほど、誰かのマイナスの感情を感じる事になる。
目をそらしてもそらしても、それは目の前に現れ、私を試す。あいつを的にしてしまえばいい。あいつのせいにしてしまえばいい。実際、そうなのだから。
そんなことを考えていても、そこからは何も生まれない。
必死にそう語りかけて、自分を保ってきた。
しかし、その気持ちが今、揺らぎ始めている。
それが「洗脳」であることを、何となく感じてしまったからだ。
日記
日本VSオーストラリア
ざっと見た。2−1、逆転で日本U−23代表勝利。
どうなんだろうね。色々言いたいことはあるけど、日本代表の名の下に闘う以上は、どうしても期待しちゃうし、応援しちゃうけど。でもイラっとはするなあ。
とりあえず、うっちーが良かった。内田。一時期の新井場ぐらい攻撃を組みたてちゃってるでしょ。新井場の全盛期、すさまじかったけどね。全部の攻撃の起点になってた、みたいな。あれは。
ただ何度も突破して、精度の低いクロス上げるだけ、みたいな、工夫の無いサイドバックが多かっただけに、ああいうタイプは良いよね。突っかける、展開しやすいパスを出す、シュート打つ。
あと、香川ね。香川別に・・・と思ってたけど、ドリブルだけの選手じゃないんだね。中田ヒデ、中村俊以来の、低空サイドチェンジできる子なんだ。
こりゃあ良い。ドンドンやれよ。途中消えてたけど。フィジカルはどうなんでしょうね。でも、なんでそういう選手、ぱったり居なくなったんだろう。「遠藤現象」と言える、チョコチョコパス、スローで正確なパスばっかりで、「つまらない」と苦情殺到でしたから。中村憲もなんかミドルパスの良いの出さなくなっちゃったし。誰のせいだろう。
遠藤要らないでしょ。普通に。
でも、森本・李・岡崎・豊田でどこまで出来るかなあ。その辺が手詰まりになったときに、もう岡崎ぐらいしかカードがない気がするけど。
あと、梶山はやっぱり遠藤タイプなんだよね。あの落ち着き、必要なのかなあ。一人だけ落ち着いてても、周りはそいつに合わせなきゃいけないし、なに考えてるか、どこ狙ってるかわかりにくいやつが居ると、周りが動き出しにくいと思うんだけど。
別に、無理して使う必要ないと思う。
そもそもこのオリンピック代表が、どこまで行くことが目標なのか、いまいちよくわかんない。ベスト8?メダル?強いグループだし、勝てば波に乗れる気はするけど、その辺は、夜の街でも緻密な計算をしていた反町さん、どうなんでしょうか。
大久保と遠藤入れようとしてた意図も、はっきり言ってよくわかんない。センターバック3人しか居ない気がするんだけど。細貝入れれば4人なのかなあ。純正センターバックは2人しか居ないし。もりげは元々ボランチだし。サスペンドとか、先の戦い考えてないってことか。グループ突破して、後は何とかする、みたいな。その割には、守備的な選手多いな。
オランダとかアメリカの攻撃、なめてんのかな。まさかな。
まあ、サッカーそのものが「リアクションサッカー丸出し」の割に、リアクションに適さないあまり強さ+スピードがあるとは言えない選手を結構入れてるような気もする。
リアクションサッカーが機能しなくても、再度から平山一発で点取れたりするんじゃないの?という気持ちも、捨てきれないし。平山と森本が組むのと、李と森本が組むのなら、前者のほうが魅力あるような気がする。
李くんはいい子だと思うが、森本とタイプが被る気がする。スピードは「?」だし、ワントップ下って言うのも謎。バランスタイプとしては、日本人では強めなので、普通に2トップが良いかと思うけど。特別、前向かないと何も出来ないタイプではないと思うんでね。
あと、長友がボール持ちすぎ。あれも動き出す方からすると、動き出しにくい変な持ち方すると思うけどな。動き出せば勝手にあわせてくれるほどではないことは、もはやはっきりしているわけだし。安田にしても同じ。右利きだからだと思う。
もっとイージーにシュートまで行ける形作れないかな、と思う。別に難しいことする必要ないと思う。動きとダイレクトプレーで充分崩せるのに、最後のところでみな悩む。森本の1点目の落としはシンプルでよかった。実はああいうのは、コウロキが上手い。落ちたけど。
谷口の1トップ下もよくわかんない。悪か無いけど、ああいうタイプはボランチから飛び込んでいくからこそ威力を増すのでは?と思うけど。
1トップ下は、さばけて、ラストパス出せて、ゴール前でも入って行ってプレーできる、ウーベ・ラーン(古い)とか、セードルフみたいなタイプがいいなあ。
そもそも1トップあんまり好きじゃないし。引かれたら終わりじゃねえの。で、何で世界のトレンドだからって日本人の監督が馬鹿みたいに1トップばっかりやるのかわかんない。
フィジカル強い民族じゃないんだから、無理あるでしょ。まともに1トップ機能したのって、西沢ぐらいじゃないのかな。別に鹿島みたいに、ポゼッションとフリーランニングで崩す、2トップでも良いような気がするんだけどなあ。
所詮、自分では何も出来ない、ダメ素人のうわごとでしかないけど。
とにかくやるしかない。頑張れ!
どうなんだろうね。色々言いたいことはあるけど、日本代表の名の下に闘う以上は、どうしても期待しちゃうし、応援しちゃうけど。でもイラっとはするなあ。
とりあえず、うっちーが良かった。内田。一時期の新井場ぐらい攻撃を組みたてちゃってるでしょ。新井場の全盛期、すさまじかったけどね。全部の攻撃の起点になってた、みたいな。あれは。
ただ何度も突破して、精度の低いクロス上げるだけ、みたいな、工夫の無いサイドバックが多かっただけに、ああいうタイプは良いよね。突っかける、展開しやすいパスを出す、シュート打つ。
あと、香川ね。香川別に・・・と思ってたけど、ドリブルだけの選手じゃないんだね。中田ヒデ、中村俊以来の、低空サイドチェンジできる子なんだ。
こりゃあ良い。ドンドンやれよ。途中消えてたけど。フィジカルはどうなんでしょうね。でも、なんでそういう選手、ぱったり居なくなったんだろう。「遠藤現象」と言える、チョコチョコパス、スローで正確なパスばっかりで、「つまらない」と苦情殺到でしたから。中村憲もなんかミドルパスの良いの出さなくなっちゃったし。誰のせいだろう。
遠藤要らないでしょ。普通に。
でも、森本・李・岡崎・豊田でどこまで出来るかなあ。その辺が手詰まりになったときに、もう岡崎ぐらいしかカードがない気がするけど。
あと、梶山はやっぱり遠藤タイプなんだよね。あの落ち着き、必要なのかなあ。一人だけ落ち着いてても、周りはそいつに合わせなきゃいけないし、なに考えてるか、どこ狙ってるかわかりにくいやつが居ると、周りが動き出しにくいと思うんだけど。
別に、無理して使う必要ないと思う。
そもそもこのオリンピック代表が、どこまで行くことが目標なのか、いまいちよくわかんない。ベスト8?メダル?強いグループだし、勝てば波に乗れる気はするけど、その辺は、夜の街でも緻密な計算をしていた反町さん、どうなんでしょうか。
大久保と遠藤入れようとしてた意図も、はっきり言ってよくわかんない。センターバック3人しか居ない気がするんだけど。細貝入れれば4人なのかなあ。純正センターバックは2人しか居ないし。もりげは元々ボランチだし。サスペンドとか、先の戦い考えてないってことか。グループ突破して、後は何とかする、みたいな。その割には、守備的な選手多いな。
オランダとかアメリカの攻撃、なめてんのかな。まさかな。
まあ、サッカーそのものが「リアクションサッカー丸出し」の割に、リアクションに適さないあまり強さ+スピードがあるとは言えない選手を結構入れてるような気もする。
リアクションサッカーが機能しなくても、再度から平山一発で点取れたりするんじゃないの?という気持ちも、捨てきれないし。平山と森本が組むのと、李と森本が組むのなら、前者のほうが魅力あるような気がする。
李くんはいい子だと思うが、森本とタイプが被る気がする。スピードは「?」だし、ワントップ下って言うのも謎。バランスタイプとしては、日本人では強めなので、普通に2トップが良いかと思うけど。特別、前向かないと何も出来ないタイプではないと思うんでね。
あと、長友がボール持ちすぎ。あれも動き出す方からすると、動き出しにくい変な持ち方すると思うけどな。動き出せば勝手にあわせてくれるほどではないことは、もはやはっきりしているわけだし。安田にしても同じ。右利きだからだと思う。
もっとイージーにシュートまで行ける形作れないかな、と思う。別に難しいことする必要ないと思う。動きとダイレクトプレーで充分崩せるのに、最後のところでみな悩む。森本の1点目の落としはシンプルでよかった。実はああいうのは、コウロキが上手い。落ちたけど。
谷口の1トップ下もよくわかんない。悪か無いけど、ああいうタイプはボランチから飛び込んでいくからこそ威力を増すのでは?と思うけど。
1トップ下は、さばけて、ラストパス出せて、ゴール前でも入って行ってプレーできる、ウーベ・ラーン(古い)とか、セードルフみたいなタイプがいいなあ。
そもそも1トップあんまり好きじゃないし。引かれたら終わりじゃねえの。で、何で世界のトレンドだからって日本人の監督が馬鹿みたいに1トップばっかりやるのかわかんない。
フィジカル強い民族じゃないんだから、無理あるでしょ。まともに1トップ機能したのって、西沢ぐらいじゃないのかな。別に鹿島みたいに、ポゼッションとフリーランニングで崩す、2トップでも良いような気がするんだけどなあ。
所詮、自分では何も出来ない、ダメ素人のうわごとでしかないけど。
とにかくやるしかない。頑張れ!
