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日記

初戦黒星、反町ジャパン!・・・はっきり言って、怒ってます。


もーーーーううね、見ましたか、皆さん。

もーう私は我慢できません。あの監督に。

自分の希望通りにならないとか、そういうことではなく、サッカーにおける「一般論」を、なぜ無視するのか。なぜ「奇策」に終始するのか。そのことについての説明もなく、自らの責任も全うしない。最悪です。自己中心、私物化、そんな言葉が浮かんでしまうほど不可解で、不愉快です。


怒り狂っています。


何があったか知りませんが、いい加減自信過剰で無責任なあの監督を許すことが出来ません。今、試合後の会見を見ましたが、「自分達の力が発揮できていないと感じる」と言っていました。その態度は、あまり納得のいくものではありませんでした。なぜ発揮できないんですか?と逆に言いたいですね。


確かにそうだと思います。芝は長くて、グランドはでこぼこ。ドリブルが持ち味の香川は、ちょっとしたボールタッチのズレで、相当リズムを崩されていました。パス回しが根幹ですから、相当厳しかったのは確か。でも、2日前に中国入りしている時点で、どうかと思いましたよ。なんじゃそりゃと。

なでしこも、ピッチに苦しんでましたよね。あれ、見てたのかなあ。何とか対策を採って欲しかったですね。


あと、森繁(大分)がセットプレーの場面でシュートミスしたから負けたみたいな風潮が、ネット上でありますが、私はそうではないと思います。他にも戦犯に上げられている人のうち、森本(カターニャ)、両本田らも、私は責任はないと思います。彼らは、よくやっていたと思います。


おそらく指示だと思いますが、本田拓は、アドゥーをマンマークしていたのでは?アドゥを自由にさせないという作戦は、成功していましたよ。本田圭と森本については、戦術的ミスです。監督の問題です。


元々森本が1トップで機能するのは、押上げが利いた、コンパクトなシステムが前提です。起点になれないという人が居ますが、そもそも彼は、身体を張ってポイントを作る役割で1トップに入っていません。そりゃ、ある程度はあるでしょうけどね。難しいです。今日の相手と状況では。


本田圭については、右と左では、視野も違えば選択肢も全然違う。左に入れば、縦にドリブルで逃げるという方法もありますが、右サイドでは、タテに行きにくい。し、ここに来て変えられても、という感じです。彼は、右サイドに入ってから、非常に判断が遅くなっています。

ヘディングの場面は、仕方ないでしょう。あんな状況でシュートを打つ選手では、元々無いのですから。右から来るボールに慣れているのです。ひだりから来るボールは、基本的に右側が見えにくい視野を持っているため、右側にシュートを打つのは難しいはずです。本田圭を攻めるのは可哀想です。


全ての責任は反町監督にあります。最大の失敗は、「自らの戦略にこだわり続けた」ことです。選手を殺し、結果も出ない、最悪の「自己中心的監督」の弊害を生んでしまいました。


1トップでやる以上は、1トップがそれなりに強いか、相当コンパクトになっているか、1トップがビルドアップに参加しなくてもチャンスメイクができるか、などの条件が必要だと考えます。日本はそのどれにも当たりません。

ビルドアップの上で重要な、中央の中盤は結局最終的に「谷口」になりました。谷口自身は悪くありません。しかし、ビルドアップの上では「邪魔なだけ」です。激しいプレッシャーを回避できるテクニックと、正確なゲームメークが必要です。彼は、上下動とヘディングの感覚については素晴らしいものを持っていますが、そういう選手ではありません。


コンパクト、という点では、二つチェックポイントがあります。ひとつはディフェンスライン。もうひとつは攻撃の起点です。コンパクトな中で攻撃の起点となるのは、日本の場合両サイドバックです。特に、内田選手が良いときの日本の攻撃ほとんどで起点を作っています。その時点で、「コンパクトになると、中盤でビルドできない」という欠点に気付くべきです。


さらに言えば、ディフェンスリーダーである水本(千葉)選手は、「マンマーカー」であり、「ラインコントローラー」ではありません。その点で、ラインディフェンスに長けた吉田(名古屋)を使っていましたが、オーストラリア戦でのミスを不安に感じたのか、外してしまいました。

水本は確かに1対1に強いです。キャプテンシーもあります。しかし、ディフェンス面では「下がってしまう」選手です。相手についていくために、ラインを下げてしまう選手です。オシムサッカーでは原則マンツーマンでしたから、それでも良かった。最終予選の時は、3バックでしたから、相手だけを見ていればよかった。4バックでのラインコントロールを評価されていたわけではなかったのです。

実際問題、今日の試合で、相手のオフサイドがいくつあったでしょうか?

それでも替わりに出ていた森重はよくやっていましたし、堅実なプレーだったと思いますが。


そして。最大の機能しなかった要因は、明らかです。10番です。梶山(東京F)です。


彼は、独特のパスセンスとリズムを持っています。しかし、残念ながら、その独特のパスセンスと判断、パススピードが、結果に結びついていません。FC東京は今、J1で独走しているでしょうか?疑問です。オーバーエイジを入れても同じような遠藤でしたから、同じ結果になっていたかも知れません。


今日の問題点としては、細かいパスがほとんど通らないこと。パススピードが遅すぎること、アドウーのマークに奔走し、中盤の飛び出しをケアできない本田拓のフォローをほとんどしなかったこと、攻撃の起点にも、サイドチェンジ役にも、何にもならなかったこと。ボール奪取もほとんどしていなかったこと。厳しいようですし、ファンの方は怒るでしょうが、今日の出来に関して言えば、10点満点中「0点」です。


中盤のあのポジションで、ボールを早く正確に動かさなければ、攻撃の起点たるサイドバックは高い位置を取れません。特に今日は、味方も感じていないところへ、予想できない質のパスを「カット」されていたため、サイドバックは怖くてほとんど上がれません。1トップや、香川、本田圭も、体勢の悪い状況でボールを受けることが多く、フィジカルに勝る相手に苦戦していました。


しかも、ディフェンス面での役割も果たしていません。1対1には厳しく当たっていっても、タダ就いていってるだけでボールは奪取できないし、ボールがその相手から離れると、ボールウォッチャーになって相手を放してしまいます。


実際、1点目のシーン。決めたの相手の「ボランチ」です。梶山は、その選手よりも「後ろ」にいました。本田拓は、最終ラインに吸収されていました。


あと、遠藤についてもいえることですが、あの遅くて意外性の在るプレースタイルは、日本以外でやるべきです。何故なら、フィジカルで勝てない日本人は、ゆっくり正確につながれても、すぐに寄せられてしまい、自由にプレーできないからです。


あれだけ中田【英】が、パススピードとフリーなスペースでパスを受けさせることに拘ったのもわかる気がします。相手に追いつかれてからでは、日本人はまさに「実力を発揮できない」のです。


しかも、反町監督は、その梶山を60分間放置しました。これが細貝だったら?少なくとも本田拓は楽だったでしょうし、両サイドバックは、もっと積極的に高い位置を取れていたでしょう。監督責任です。


香川についても同じです。ドリブルと細かいボールタッチ、パス回しでリズムを作る香川が、あの劣悪な芝のせいで、全く自分のプレーを発揮することが出来ていませんでした。それでも、80分使いました。交代の3人は全て「FW」です。1トップを選択した自らを、自ら否定するような采配を取りました。これはまさに、「岡田監督」と同じ結果です。


なでしこの大野についても、4回の決定機を外した時点で、不調の安藤と買えてサイドに持っていくとか、早めに荒川に変えるとかしないと、イメージが悪いまま調子を崩してしまう気がしました。香川についても同じです。次の試合で先発から外すようなことをすれば、香川自身が「自信をなくすだけのオリンピック」になってしまいます。



そんなことは、断じて許されません。監督はすぐにでも責任を取るべきです。全てが自分の失敗であったことを、辞任することで認めるべきです。そうでなければ、選手達は犠牲になるだけです。そんな権限は、監督ですら、持っているはずがありません。



そして、もうひとつ言えば、「交代する選手がいなかった」のも事実だと思います。水野や平山、上田康太など、一人で局面を変えられる選手を外して、「走れるかどうか」だけで選んだ選手の中に、戦術的な変化をもたらすことが出来る選手がいたかと言えば、甚だ疑問です。


中盤の選手は、細貝しかいません。攻撃を変える選手ではない。それでも入れれば多少変わったかと思いますが、谷口で充分でした。守備レベルでは長友のほうが上回っているにもかかわらず、アメリカの右サイドウィンを破れず、かつ決定的なクロスをあげさせてしまっている以上、守備レベルの下がる安田を投入するのはギャンブルです。後は、FWしかいない。


李は、なかなかボールが出てこないことにイラつき、中盤まで下がってしまいました。彼は、ゴール前で最も力を発揮します。そして、森本とタイプが重複します。


豊田は本田圭が自ら仕掛けて作った最大のチャンスで、シュートコースに入ってシュートをブロックし、相手を振り切ればキーパーと1対1の場面でダイブしてチャンスをつぶしました。ロングボールの競り合いには勝ちましたが、ゴールから相当はなれたところで仕事をしていました。攻撃の選手ではありません。


岡崎は、もっと早く投入していれば、面白い展開が期待できましたが、あまりにも遅すぎました。


日本の武器はセットプレーと稚拙な「演技」しかなく、審判の不当なジャッジで試合をほぼ決定されながらも追いついたなでしことは違い、「完敗」でした。


その最大の責任は、反町監督自身にあります。得点の形を作れない監督は、すばやく更迭すべきです。オジェックのように、切り替えれば結果は改善され、ジーコのように引っ張れば、結果はご覧の通りです。


そしてオシムは、「攻撃の形を作ることだけ」に専念しました。


中澤がいてもいい、トゥーリオがいても良い、ビルドアップができる選手が足りないなら、小笠原を連れて行っても良い。1トップをやらせるなら、玉田でも、大黒でも良い。Jにも、世界レベルの選手はいる。単調なリズムを変えるのは、一人の「とても遅くてパスが出来ない選手」より、チームポゼッションに貢献できる選手を入れたって良い。


何より、世界レベルで闘えるハイボーラーが必要なら、「平山」はなぜ選ばなかったのか。平山は起点にもなれ、ボールタッチもよく、自らもシュートに行ける。彼の調子を狂わせたのは、ただ走ることとただ従順にプレーすることだけを要求した反町と山本前監督だと私は考えます。その二人は、結果を出しているでしょうか。内容を伴ったでしょうか?山本前監督などは、アテネでの功績を認められ、その後どこかのチームで指揮を執っているのでしょうか?


他にも、色々な選手の名前が上がります。見た目だけの、付け焼刃の成果主義、競争主義の顛末です。個人成績を重視しても、全体の成績にはなんら好影響を及ぼさない。


ワールドカップにも、オリンピックにも出ていない世代で、世界のトレンドや見た目、自分の威厳や面子、選手のコントロールだけに終始し、理論や戦術的価値だけで自らのポジションを守ろうとするそのすさまじく醜い様は、日本経済の現状を見ているような気持ちにすらなります。


指揮官に従順なものだけがその場に残り、グループ全体で沈没していく、「玉砕思想」が、この国にはまだ根強くあるのでしょうか。


彼のメンツを守ることだけに終始したことが、この国のサッカーを腐らせる元凶とならないことだけを、強く望みます。



なぜ日本のサッカーが、あそこまで衰退したのか。最近の日本サッカーを見ていると、わかる気がします。「カッコ」を気にしだしたからだし、内部的な政治的な価値観に執着したからではないでしょうか。


そんなに日本は世界的に誇れるような結果を残しているのでしょうか。要するに「つけるほどのカッコが存在する」のでしょうか。日本はまだまだ、サッカー後進国です。WBCで世界制覇した野球の世界とは、全く違うのです。


日本の若年層を、ワールドカップにも、オリンピックにも出ていない日本の若手指導者に任せるのは、大変危険だと思います。


「マネ」しか出来ないからです。現実に即した、「頭を使った判断」が全く出来ないからです。オシム氏の急病が悔やまれてなりません。


今すぐにでも反町監督は責任を取るべきですが、おそらく取らないでしょう。予選がスタートした以上は、最後までこのまま行くでしょう。


選手達は、今こそひとつになってほしい。「監督を、捨てる」という決断をして欲しい。闘っているのは選手達自身なのです。自分達が勝つための戦いを、フィールドの上で選択し、実行して欲しい。選手は、「監督のファッション性や論理的整合性を証明するために闘っているのではない」はずです。彼ら自身の、ために、彼らはまず戦うべきだと私は考えます。ファンや日本サッカーのことは二の次です。当事者には、与えられた義務と責任があるのなら、「権利」もあって然るべきです。


悩む必要はないのです。役割は果たしているし、君たちは正しい。ただ、監督が自分の見た目のことばかり考えているという、だけなのです。


だとしたら、君たちが思うようにやったらいい。誰の目も気にする必要は無い。多くのサッカーファンは、もう全てに気がついてます。日本のスポーツマスコミ、サッカーファンはもっと声を上げるべきです。サッカー日本代表は、日本サッカー協会の持ち物では、ありません。


今夜は悔しくて眠れません。

日記

北京)なでしこドロー)なんじゃこりゃ!?


いやー、悔しい。又サッカーネタを書いてるけど。

北京オリンピック開幕に先んじて、昨日開幕したオリンピック女子のサッカー。皆様見ましたか?日本は、澤の同点ゴールで何とか追いつき、絶対に負けが許されない相手、ニュージーランドと引き分けました。

っていうかね、予想通りだけど、シドニー、アテネの金メダリストと同じ組だしね、なんか「力」の存在を感じていたけど、今日最悪の形でそれが表現されてしまった。

一点目の失点は仕方が無い。明らかにパフォーマンスが悪かった選手はいました。特に、安藤、柳田、近賀の3人は良くなかったね。長い芝のピッチに最後までなじめなかった。特に、タッチ数の多い柳田と安藤は、明らかにドリブルでリズムを掴めていませんでした。

個人的には、柳田のサイドバックは、ちょっと反対。前からだけどね。テクニックもプレースキックもあるのはわかるんだけど、スプリント能力が、ちょっとサイドバックとしては物足りないのと、あとフィジカルだよね。やっぱり左サイドは何度も崩されていた。


特に、体格の上回る相手に、ボールが走らない芝で、必要の無いタッチが多くて身体を入れられて取られたり、ショートパスが短くなってカットされたり、柳田は特に良くなかったですね。

俺ならもう少し前で使うよ。そのほうがリスクないし。どうなんでしょうか。これから体格的に下回る相手なんて、いるの?宮間を前に出したいのなら、余計にサイドバックはディフェンス重視でもいいと思うんだよな。とにかく、一点目は、柳田が振り切られ、近賀が敵を見落とし、必要の無いスルーをして付かれた一点でした。


油断を感じたなあ。ニュージーランドというより、「北京」とか、「初戦」というシチュエーションを考えたら、なによりもセーフティファースト。ミスが許されない。ジャッジは相手よりだし。


だからこそ、【怪我があったからかもしれないけど)大野・永里という、ある程度ディフェンスからの速攻だとか、チェイシングを意識した布陣にしたんじゃないのかなあ。その辺は徹底する必要ありです。


でも、それ以外は、本当に良いチームだと思います。判断も、つなぎも良いし、ディフェンスも澤、阪口を中心に、機能している。男子に見せてやりたいぐらいの内容とポテンシャルを持ってます。だからこそこの引き分けは・・・もったいないなあー。


大野も、3回決定機を外してしまったけど、とにかく硬かった。一点取れば変わるし、気分転換に安藤のポジションに入れてもいいと思うし。全然。永里、大野は、もっともっとやれます。

まだまだ盛り返すチャンスはある。澤の2点目は見事!あれ難しいよねー。澤はデフェンス、サイドチェンジ、ミドルシュート・パス、自らの攻撃参加と同点ゴール。素晴らしすぎます。男子の代表に入れたいぐらいだよ。

荒川親分が登場してから、ぐっとチームが落ち着いたのに、すぐに3トップにして大味になったり、安藤や大野の交代のタイミングが遅かったり、佐々木さんの采配はちょっと・・・です。全体的なチーム作りは良いだけに、こちらももったいない!次こそは!



アメリカがノルウェーに負けたため、次でアメリカをたたければ、決勝トーナメント進出はまだまだチャンス大あり。今回のなでしこは強い!だからこそ、予選リーグ敗退はもったいなさ過ぎる!


最後に・・・なんだーあのPKは!!!
岩清水なんて、ヒトにもボールにも、何にも関与してないじゃないか!イエローを出して出場停止を誘い、かつPKを与えるなんて!岩清水なしなんて・・・考えられない。


セットプレー危ないと思ってた。そういうところでしか、「力」を発揮できる展開じゃなかったから。その不安はあたり、最初のコーナーで以上に身体的接触を注意する主審。っていうか、体格差あるんだから、密着しないでどうやって守れって言うんだコラア!松木安太郎解説だったら、黙ってないのに【笑】。


まあでも、力があるのはわかった。後は、いろんな意味で本番モードの集中を高めれば、という所。福本もPK何とかできたかもしれないし、大野がひとつでも決めていれば、試合の展開は大きく変わったはず。原、加藤などのベテランを上手く使って、アメリカ・ノルウェーとは、対等にやりあえるはず。



いやー、オリンピック、面白いわ。

日記

二つの洗脳ー2〜風説洗脳、自己洗脳〜


洗脳の話の続き。

他者への憎悪を抑制する気持ち。それは、一つの洗脳ではないかと。


洗脳って、言葉悪いかな。以前報道で多用された事も関連しているかもしれない。啓蒙、教育、まあ、それに近い意味だと思ってもらえばいい。


社会秩序を維持するためには、当然一定の洗脳が必要である。

人間は、この世におこるすべての事象を、自ら検証し価値観化していくことは不可能だ。・・・最も、そんなことしようと思う人間が居ないだろうが。その上で、社会という集団が機能するために、当然の規範は必要になる。その点で、一定の洗脳、つまり、自分が検証できない事について、ある程度の価値観を与えて、行動を統制する事は不可欠なのである。

国家という社会集団の場合、その集団の目的は、独立国家としての権力領域を維持し、その構成員たる国民の権利と自由を守ることになるだろうか。主権国家を宣言し、国家運営をする以上は、その国家という集団において、一定の価値観が共有されていると考える。


その元になるものは、民族的経験則や、歴史的文化的側面に基づく価値観ということになるだろうか。それが、正規の目的にかなった価値観であれば、それは「国家教育」という事になる。


私が洗脳と書いたのは、私が抑圧している憎悪の多くは、国家的目的を果たすための行動において生まれた憎悪ではなく、「私個人の人間的価値の否定」において生まれた憎悪だからである。


なぜそんな事が生まれているか、について説明すると、果てしなく長くなってしまうので、割愛するが、とにかくそんな憎悪を生むきっかけとなっているものは、国家的目的の洗脳等とは、微妙に無関係だと思うのだ。


そして、そんな洗脳を強化するために、二つの洗脳が必要、という話。


一つは、集団的洗脳。いわゆる「風説の流布」である。
不明確な根拠で、一見本当そうな情報を共通認識化する行為。それによって、「数の論理」が働き、周囲による評価を気にする場合には、それが自分に対する疑いを強化し、迷わなくても良いのに勝手に不安になって自らへの洗脳を強化してしまう場合。

これは別に説明する必要は無いだろう。この国の人で、このような状況を見たことがないひとなど、ほとんど居ないと思う。

ちなみに、私はこういう事をする人が、大嫌いです。
でも自分もしちゃうんだけどね。

もう一つは、自己による洗脳。

親和欲求を人質に取り、性善説的な正論を立てに要求される自らへの評価を、否定することに対する自らの罪悪感。この感情が、自らへのマイナスの洗脳を強化する。


たとえば、ということで考えてみた。他にもあり得るだろう。


マイナスの感情をぶつけられる事について、自分個人に対するものであれば、私は別に気にならない。しかし、「間接的な攻撃」については、赦すことが出来ない憎悪を感じる。


たとえば、だ。

いわゆる、仕事における「脚の引っ張り合い」とか、顧客に迷惑をかける事も顧みず、自らの気分・欲望で行う不正確な情報の流布やそれらに基づく業務妨害などである。


そんなもの、許す必要ない。そういう人が居るかもしれない。

しかし、許さなかったとして、自分がいくら正しくても、権威がそれを利用する場合が、残念ながらこの世の中にはある。

権威が、本当の権威ではなく、実力のない、保身に徹する権威であればなおさらである。


だから下らない、と、思っていても、憎悪をやり過ごして、マイナス感情を取りなす。


マイナス感情を持っているものが一番強いか、といえばそんなことはない。そんな感情を持っている人間は、結局一人では何もすることが出来ず、出世したとしても外部の権威に取り入ろうとするか、身内にマイナス感情をはき出して離れられるかのどっちかだ。(実際、有能な社員がやめても、特に残念がらない経営幹部などが存在する。)


親和欲求を捨てて、自己洗脳を放棄し、正論をたてに自分の信念に基づいて行動出来れば一番良いのだが、それが許されるものはこの世界で数えるほどである。巧妙に利害関係者同士が保険を複数に掛け合い、いくつかの鎖が切れても、他の鎖の力で何とか沈没を回避する事も可能な組織を、人間というものは紡いでいく。


くだらない、世の中だ。


いくら個人に実力があっても、権威の腹一つで、社会的に抹殺する事が可能なのである。


そんな現実を目の当たりにして、人は抵抗力を失い、抱えてしまった家族の大切さすら自己洗脳して、自ら管理される人生に、快適さを感じてしまう。結果、自己洗脳を強めるきっかけになる。



俺は洗脳されてない、と主張する人ほど、危ないと思う。


国家的洗脳が存在するように、「人が調べて決定した」価値観・世界観に基づく社会を生きている以上、真偽を問わず、誰かの考えや行動を信頼して生きているに他ならない。

その時点で、一定の洗脳化にあることは、間違いないのだ。身体の完全独立な自由は、原則的に存在し得ない。そんなことを言ってる人は、漠然と根拠のない、「自分好き」の一心で言っている可能性があり、そういう人は私などよりずっと、洗脳されやすいのではないかと思う。

とにかく、そんなマイナス感情にこれから直面する事があっても、絶対に「自己洗脳」をしてはならない。要は、逃げてはならないのだ。直視するということは、マイナス感情にあえて立ち向かって、「冷静に診断する」事なのだと、今は思う。


でも嫌いだ。


一切本音を語らず、自分のメンツと印象だけを考えて、適当な言葉だけを話し続ける人間は、どんなに情状酌量の余地があったとしても、出来るだけ関わりたくない、とどうしても思ってしまう。


私は、憎悪を増幅し、攻撃性を向けさせようとするトラップを仕掛けてくるものにたいして、私は一定の防御力を備えなければならないのだ。

ドラマ及びあしたの、喜多善男

二つの洗脳ー1〜「あしたの喜多善男」のDVDについて〜


このブログでずっと書いてきた、ドラマ「あしたの、喜多善男」。
2008年1月〜3月放送で、驚異的な低視聴率で話題になったものの、終盤の小日向文世の鬼気迫る芝居が話題になったドラマです。



出版社のしがない会社員、喜多善男が、人生とこの世界に絶望し、親友の命日である11日後に自らこの世を去る決意を固め、その日を迎えるまでの11日間を描いたドラマ。

わたしは、たまたまこのドラマを見て、非常に影響され、共感を得る部分も多くあった。


このドラマのDVDーBOXは、既に発売されており、特製カレースプーンと11大特典付きというパッケージになっている。

あんなに一生懸命、久しぶりにドラマを見たのに、DVDも買ってしまったのだが、やっぱり面白い。リアリティ、音楽、コメディ、様々な要素が面白い。サスペンスについては、WEB上でもそのつじつまについて議論があったようだが、まあ、テレビドラマとしてはあんなもので善いのではないだろうか。


さて、このDVD、Amazonで見てみたら、もうマーケットプレイスにしか無いようだ。元々視聴率が取り分けよかった訳ではないので、ロット自体が少ないのだろうが、それにしてもこの反応には驚いた。それも、定価での出品しかない。


この作品で、主人公、喜多善男のネガティブな人格を、恐ろしいまでの冷静さと強さで演じた小日向文世と、19歳の無名女優ながら、上述の台詞を読み上げ、ドラマに違ったアクセントを加えた吉高由里子が、ここでの活躍を評価された訳ではないだろうが、現在放送中の月9「太陽と海の教室」に出演している。

このドラマでも、小日向は怖いほど冷たく厳格な教頭を演じている。前クールの「ハチワンダイバー」でも、厳格な主人公の将棋の師匠役を好演している。今後小日向文世の活躍する領域は、ますます広がって行きそうだ。個人的にはそのことを歓迎したい。

このドラマの価値、それはいったい何だったのだろうか。


脚本を担当した飯田穣治は、最終回で宵町しのぶが読み上げる詩の一節が、電波に乗って、数百人の元に届けられただけでも意味があった事を語っている。


「もっとも難しいことは、「自分を許すこと」なのだ」

「人は誰もが心の奥に黒いものを抱えている。

 そんな人間が、ただ純粋に愛を求めることがある。

 愛を求めるのなら、許すことを知りなさい。他人を、そして自らを。」


そんな感じだっただろうか。


アマゾンのレビューでも書いている人が居たが、私もこのシーンに涙が止まらなかった。割と私は理屈っぽい方で、何事にも理由や根拠を求めがちなのだが、この瞬間の涙については、そのときは説明がつかなかった。

赦しなさい、他人を、そして自らを。

なぜ、このキーワードに私の心は反応したのだろう。


自らを赦すことが、ずっと怖かった。


自らを赦す事をしてしまえば、押さえつけていた他者への憎悪が、再びよみがえってくる様な気がしたからだ。

他者への憎悪や嫉妬など、マイナスな感情から離れたい、そう思って、私は仕事の現場を離れた。自分が良いポジションで、見栄えのする仕事をすればするほど、誰かのマイナスの感情を感じる事になる。


目をそらしてもそらしても、それは目の前に現れ、私を試す。あいつを的にしてしまえばいい。あいつのせいにしてしまえばいい。実際、そうなのだから。

そんなことを考えていても、そこからは何も生まれない。
必死にそう語りかけて、自分を保ってきた。


しかし、その気持ちが今、揺らぎ始めている。


それが「洗脳」であることを、何となく感じてしまったからだ。

日記

日本VSオーストラリア


ざっと見た。2−1、逆転で日本U−23代表勝利。

どうなんだろうね。色々言いたいことはあるけど、日本代表の名の下に闘う以上は、どうしても期待しちゃうし、応援しちゃうけど。でもイラっとはするなあ。


とりあえず、うっちーが良かった。内田。一時期の新井場ぐらい攻撃を組みたてちゃってるでしょ。新井場の全盛期、すさまじかったけどね。全部の攻撃の起点になってた、みたいな。あれは。

ただ何度も突破して、精度の低いクロス上げるだけ、みたいな、工夫の無いサイドバックが多かっただけに、ああいうタイプは良いよね。突っかける、展開しやすいパスを出す、シュート打つ。



あと、香川ね。香川別に・・・と思ってたけど、ドリブルだけの選手じゃないんだね。中田ヒデ、中村俊以来の、低空サイドチェンジできる子なんだ。

こりゃあ良い。ドンドンやれよ。途中消えてたけど。フィジカルはどうなんでしょうね。でも、なんでそういう選手、ぱったり居なくなったんだろう。「遠藤現象」と言える、チョコチョコパス、スローで正確なパスばっかりで、「つまらない」と苦情殺到でしたから。中村憲もなんかミドルパスの良いの出さなくなっちゃったし。誰のせいだろう。

遠藤要らないでしょ。普通に。

でも、森本・李・岡崎・豊田でどこまで出来るかなあ。その辺が手詰まりになったときに、もう岡崎ぐらいしかカードがない気がするけど。

あと、梶山はやっぱり遠藤タイプなんだよね。あの落ち着き、必要なのかなあ。一人だけ落ち着いてても、周りはそいつに合わせなきゃいけないし、なに考えてるか、どこ狙ってるかわかりにくいやつが居ると、周りが動き出しにくいと思うんだけど。


別に、無理して使う必要ないと思う。


そもそもこのオリンピック代表が、どこまで行くことが目標なのか、いまいちよくわかんない。ベスト8?メダル?強いグループだし、勝てば波に乗れる気はするけど、その辺は、夜の街でも緻密な計算をしていた反町さん、どうなんでしょうか。


大久保と遠藤入れようとしてた意図も、はっきり言ってよくわかんない。センターバック3人しか居ない気がするんだけど。細貝入れれば4人なのかなあ。純正センターバックは2人しか居ないし。もりげは元々ボランチだし。サスペンドとか、先の戦い考えてないってことか。グループ突破して、後は何とかする、みたいな。その割には、守備的な選手多いな。


オランダとかアメリカの攻撃、なめてんのかな。まさかな。


まあ、サッカーそのものが「リアクションサッカー丸出し」の割に、リアクションに適さないあまり強さ+スピードがあるとは言えない選手を結構入れてるような気もする。


リアクションサッカーが機能しなくても、再度から平山一発で点取れたりするんじゃないの?という気持ちも、捨てきれないし。平山と森本が組むのと、李と森本が組むのなら、前者のほうが魅力あるような気がする。

李くんはいい子だと思うが、森本とタイプが被る気がする。スピードは「?」だし、ワントップ下って言うのも謎。バランスタイプとしては、日本人では強めなので、普通に2トップが良いかと思うけど。特別、前向かないと何も出来ないタイプではないと思うんでね。


あと、長友がボール持ちすぎ。あれも動き出す方からすると、動き出しにくい変な持ち方すると思うけどな。動き出せば勝手にあわせてくれるほどではないことは、もはやはっきりしているわけだし。安田にしても同じ。右利きだからだと思う。


もっとイージーにシュートまで行ける形作れないかな、と思う。別に難しいことする必要ないと思う。動きとダイレクトプレーで充分崩せるのに、最後のところでみな悩む。森本の1点目の落としはシンプルでよかった。実はああいうのは、コウロキが上手い。落ちたけど。


谷口の1トップ下もよくわかんない。悪か無いけど、ああいうタイプはボランチから飛び込んでいくからこそ威力を増すのでは?と思うけど。


1トップ下は、さばけて、ラストパス出せて、ゴール前でも入って行ってプレーできる、ウーベ・ラーン(古い)とか、セードルフみたいなタイプがいいなあ。


そもそも1トップあんまり好きじゃないし。引かれたら終わりじゃねえの。で、何で世界のトレンドだからって日本人の監督が馬鹿みたいに1トップばっかりやるのかわかんない。


フィジカル強い民族じゃないんだから、無理あるでしょ。まともに1トップ機能したのって、西沢ぐらいじゃないのかな。別に鹿島みたいに、ポゼッションとフリーランニングで崩す、2トップでも良いような気がするんだけどなあ。


所詮、自分では何も出来ない、ダメ素人のうわごとでしかないけど。


とにかくやるしかない。頑張れ!

日記

未来のない男の生き方。 たまたまここにたどり着いた人たちへのメッセージ。


ブログ放置してしまった。まあ、定期購読者は居ないけど。

そしたら、YAHOOで「独身男」で11位になってた。

あんまりサッカーとか本気で書けないのかなあ・・・。まあいいか。
反社会的な事もあまり書かないようにしなきゃ。

転職体験記を書こうと思って、途中で頓挫したんだけど、別に仕事が決まった訳ではありません。


仕事はまだ決まっていない。というか、決めていない。同業を避けてるし。業界がなー・・・っていうの、あるでしょ。最終面接で落とされるのが一番腹立つ。それなりに準備してるのに。だし、「こんなに長い間何やってたの?」みたいな聞かれて腹立つ。だって、未経験異業種だって言ってるじゃん。勉強してるんだよ。お宅の業界と会社と仕事が、全くわからないからさ。そう、条件と財務状況で選んでたりしました。すみません・・・。


それでも、結構面接進んだりするんだ。運というのか、自分が悪いのか。最終近くで落とされる事多数。鬱になりそうだったけど。でも結構突っ込んだ事聞いてるからな。耳が痛いであろう事を。「こちらが面接されてるみたい」って言われたし。


私は、29歳で、それなりに出世してたけど干されてしまった男。業界は超ニッチで。超だよ超。そこで生かせるバックグラウンドは別になかった。スキルや学ってことね。入れただけでミラクルだったんだけど。元フリーターで、ハローワークで紹介された一社目に受かり、入っちゃった。

とてつもなく、バイトでも出来る仕事だった。入るとき、職種聞かされて無かったし。面接の時ですら。面接も集団で一回だけだったし。その時点で・・・って感じだけど、給料安い以外は、待遇はまあまあだったよ。退職金無いけど、悪いことはとりあえずしない(できない)し、法定遵守度は高かった。仕事もまあ、忙しいってだけで。楽な部類だと思う。特別な知識や勉強は必要ないし。


人材が大量に流出したときに、まんまと、残って。職位上がって。それで大改革に参加することになり、そこから大成功。でも、逆にそれがたたって、嫉妬を買ったんでしょうね。干されてしまいました。上司共々ね。


干され先で、まったり中間管理職やってても、それなりにおいしかった。年俸もまあまあ。なんだけど、このまま30代を終えたら間違いなく俺終わるし、特殊案件多くて(しかも根性系)キャリアになって無いし。そんなわけで、やめた。

社長に(かどうか、実際わからんけど、悪評は出てただろうな。噂の威力凄まじい会社だったし。)干されて、行った先は裁量全然ないし、情報も出てこないし、それでいてそこのリーダーって言われて、業績責任あり、って言われたら、自分がどう思われてるか、わかるじゃん。じゃまなら消えるよ、って思った。他の人にチャンスをやってくれと。

でも甘かったね。それでも俺は、恵まれてる方だった。世の中はもっと厳しい所、たくさんある。少なくとも俺に個人ノルマはないし。ただ、政治的侮辱とか、内部での侮辱とか、環境としてとても良いとは言えなかったけど。


悲しいことがたくさんあった。こっちは数字追いつつも、残ったみんなでやっていこう、っていう連帯感があったのに。それでそこそこ業績良くなって、安心安心と思ったら。みんなはそうじゃなかったってね。


どっちみち中途半端だから、リーダーの地位を守るのに奔走するよりも、また一から出直せばいいやって思って、やめました。


いま、転職を考えている人がいるなら、言いたいことは、「本当にやめるしかない?」ってこと。


体罰とか、あまりに理不尽で非論理的なノルマ乗せられてたり、あまりにも人間的でない労働を課せられたりしたら、やめて良いと思う。そういうのは、そういうのに耐えられる種類の人が、やればいい。ただそれだけのことだと思う。そういうの平気な人も、居ると思う。


でも、2,3時間のサービス残業や、取引先がちょっと言葉の使い方知らなかったりとか、許せる範囲のセクハラとか、給料が安いとかだったら、考え直した方が良いかも、と俺は思う。キャリアやスキルがあれば良いけど。放っておかれても、一人で仕事作れる人は良いけどね。


若い人は、特にそうだ。転職当たり前の世の中、なんて、「独立」「宣伝文句」でしかないよ。まだ、この国では。それに、勉強して独立する人は、元々頭いい人除いて、めっちゃ努力して、それからまた一から独立して客捜しするんだよ。不能率ってあるよ。


給料が多少安くても、人間的で自分に見合った仕事が出来て、特別危害を及ぼし兼ねない人がいないのなら、それで良いと思う。スキル向上に努めれば良いんだ。

まあ、安いって言っても、30歳で年収250貰えない正社員は、結構厳しいかな。自立出来ないよね。社員の法定最低賃金ってあるのかな?わかんないけど。なにかやりたい事があって、非正規雇用でやってる人を除いて。


俺ほど、未来の無い人間は居ない。


いや、もっと未来のないひと居るのかも。
この先どうなるんだろう、っていう人も居るだろう。


別にガツガツしたくないし、特別夢とかもない。現状維持で良い。
自分なんて別に探したくないし。この平和な時間を、奪わないで、みたいな人も居るかな。


転職向きの人と転職向かない人が居ると思うけど、俺は向かないと思う。出来るだけ、閉じられた世界でしか、わがまま言えないタイプ。


そんな俺を、好奇のまなざしで、どうぞ見つめてください。


未来のない、キャリアもスキルも人脈もない、特別趣味も特技もない、会社にすがることでしか、生きていく事が出来ない独身男の転職体験記。とりあえずリアルに書くし、微妙に人材紹介会社の宣伝とかもしてやろう。

たまたまここに来てくれた人に、有益な情報となることを祈って。またたまに書こうかな、と思う。


そして、サッカーとテレビドラマについても語るし。


やさしくしてね。

日記

この世に、必要なものなんて、他にあるのか。


世間はGW。そう、ゴールデンウィーク。考えてみれば、ゴールデンウィークを普通に過ごすのも、何年ぶりというか、高校生以来かもしれない。いや、高校時代ですら、体育祭直前で、ばたばたと活動していたかもしれない。こんなにも、穏やかな一日がそこにあるのかと、ふと思った。

思えば、これが最後かもしれない。そんな自由で、穏やかな休日を過ごすのは。

住んでいる地域は、川に近い。川沿いを運動不足とメタボ体型解消の為に自転車で軽く流して15分ほど北上すると、土手の上に、ちょっとした公園風の区画がある。そこでは、日夜カップルや老夫婦、様々な人たちが土手でのんびりと過ごしている。

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あ、ちなみに素材利用フリーで。

そこには、以前の勤務先で新人だった頃、体力強化の為にジョギングしていて発見した場所。ちょっとした休憩には丁度良い。距離もある。

その頃も思ったが、最近でも思う。

「この世界以上に、必要なものが、何かあるのか」

暖かい日差しの中で、さわやかな風を浴びながら、静かで、穏やかな時間を、人生のパートナーと一緒に過ごす。ここのよさがわかるパートナーに出会いたい。少なくとも、汚れるのがイヤだ、とか言う人間とはきたくない、大切な場所だ。

これでいい、これでいいのに。必要なものは、こういう時間を過ごすのに充分なだけのお金と時間だけなのに。そんな思いがよぎる。幸せを感じる瞬間は、案外簡単に、安価に手に入るものなのだ。後は、おいしいご飯と、上手い酒、ゆっくり眠れるベッドがあれば良い。

しかし人は、また様々な人の欲望の渦の中へと消えていく。そうすると、その時間より価値の無い、本当に必要かどうかわからないものを求めて、日々必死に生きるのだ。


あの頃からずっと、そんな素晴らしい時間を過ごせるパートナーを求めていた。いつかここに来る。そんな思いを支えに、意外としているものなのだ。


たったそれだけの、純粋な希望をかなえるのが、こんなにも難しいことなのかと、本当に不思議に思う。普通って本当に難しい。最近の労働環境や求人情報を見ていて、本当にそう思う。

社員に夢やキャリアプランを求めるのは勝手だが、先が見えない求人を出す企業のほうもどうなのか。嘘ではないが、未来も見えない、そんな会社に入ってくる人は、逆に会社を見ていないというのに。人事部にも、ノルマがあるのはわかる。しかし、働く人にとって仕事をし、生きていくことは、決してノルマではないはず。自分の人生を選び取る権利があるはずなのに。


夢、自由、独立、そんな甘い言葉に身を焦がして独立する若い経営者を待っているのは、大人達の醜い打算。銀行は融資を薦め、不動産業はここが最適だと物件を紹介し、取引を狙う営業マンは何もかもが最高だと褒めちぎる。


私は自由を愛する。その自由は、自らの感性の自由だ。私が見た世界を、私が感じたぬくもりを、どういう言葉で表現し、どう感じようと私の自由のはずだ。

生きていくため、という普通の動機で求められる要求のほとんどは、限定的に自由を抑制するだけにとどまるものの、時には人から感性さえ奪い機械やシステムと同等の扱いをする。私にはそれが許せない。数字で判断するというのなら、それ以外の思想信条について、一切の否定を認めたくない。認めるつもりもない。


しかし、それはいまや淡い夢。力を持ったものは、それを使いたくて仕方が無くなる。人々の思想信条や感性の違いこそ、企業にとっての自力となるはずが、「自主性」の名のもとに偽りの自由を与え、結果同色の企業集団を生成させる。そのことに、力を持ったものは興味を持たない。


社員に関心の無い企業には、少なくとも入りたくない。

そういう企業が興味を持っているのは、社員の個性ではなく、服従への誓いと、本来は不必要なその社員の「性能」だからだ。


性能が性能どおりに発揮されるには、一定の条件が居る。
それは、違いを認め、発見し、育てることに他ならないと、私は考えている。


人と人は同じ。人と人は違う。


違ってこそ自然、同色すぎる集団には、いずれ破綻が訪れる。


でも、自分の色を失ってしまっても、感性さえ蘇れば、すぐに自分の色を思い出せるものだと思った。だからこそ、現代においては、感性が鋭敏になるこの空間と時間は、とても貴重なものなのだと感じることが出来た。


ここに来て、幸せな時間を過ごせば、必要の無いものがなんなのか、すぐにわかる。


自分が良くわからなくなってしまった人に、おススメしたい場所である。

日記

行動は、その動機となる感情や信念を強化する。


「行動は、その背景にある信念や感情を強化する。」



加藤諦三 訳 「自分が「たまらないほど好き」になる本」より。

ちなみに文面はそのまま引用しておりません。

このページのバナーにもあるように、私は昨年会社を辞めた。辞めた理由はいろいろだ。時間をかけて考え、結論を出した。でも、きっかけはあった。それは、自分に依存するばかりで自分の好き勝手に振る舞い、全体に貢献しようとも、必要なことを伝えようともせず、好き勝手に振舞う年上の部下の面倒を見るために、朝から夜中まで働く時間から逃れたいと思ったからだ。

目立っていたから、社長以下幹部には可愛がられた。その部署の前も、酷い状態だった。とんでもないむちゃくちゃな論理と風評をたたき出す女部下。年上。しかも仕事はしない。でも人のあら捜しはする。それでも教育し、成果を出させ、気がついたら全部やってあげていて、売れ残れた女は俺と親密だという風評さえ産んだ。おそるべし。あまりにも、俺はうぶだったのか。

今考えれば、お互い様だ。自分の自由を受け入れ、その通りに動いてくれたおかげで、俺も目立つ仕事が出来ていたからだ。そんな当時のことは、もう半年前になる。それから俺は、Webに飛び込んだがすぐに飛び出して、転職活動を始めた。

しかし、行きたい、と思える会社には、縁が無かった。また、人材紹介会社に振り回され、上手く活動が出来なかったとも思う。

そのことは別項で書くことにする。人材紹介会社利用上の注意点。まあ、結論を書くと、人材紹介の本質は、スキルや実績のある人同士の流動を図るものであるということになる。つまり、一般性のあるスキルや実績の無い私は、メリットが少ないということだ。

これから少しずつ、転職活動のことを書こうと思う。


この退職期間中にわかったことは沢山ある。そして、学んだことも、気づいたことも沢山ある。本当に、人生観が変わった。自分の未熟さがよーくよ〜〜〜〜〜く、わかった。真剣に読む人なんて、数えるほどだろうが、自らの考えを整理するために書いておく。


今日はそのスタートで、キーになる言葉を書いてみた。

「行動は、その背景にある信念や感情を強化する。」

これである。私は、この言葉に救われたのだ。


行動は、常に目的を持って実行される。
はっきりと認識しなくても、目的はあるのだ。

目的とは、何かを得ることだけではなく、自分の信念、判断が正しかったことを自分自身で確認し、自分自身に証明するため、ということも目的になる。

つまり、自分の仮説を証明するために、行動してしまうことがある、ということだ。


自分が望むシナリオになるように、行動してしまう。

私は、そうだったと思う。私は、幾多の面接の中で、思い切りやりたいという気持ちを表現できずにいた。行くつもりになり、行って問題が無いことを様々な調査で確認し、多少の苦労を覚悟のうちに入れて、面接に行っても落とされた。面接のパフォーマンスが良くなかったからだ。


理路整然と、用意してきた答え、妥当な回答を並べても、採用を得ることは無かった。私は嘘がつけない人間なのだ。

私は、ここに入ったら自分は幸せになれないという、自分でも認識していなかった動機を導き、強化するためのパフォーマンスをしていたことに気づいたのだ。


しかし、「ここなら入りたい、入っても良い」と思える会社もあった。そういう時は対外、「未経験異業種の自分は、受け入れてもらえるわけが無い」という心理を意識してしまい、自分のマイナス要素についてばかり、説明しようとしていたと思う。

「私は御社に貢献することが出来る。興味を持ってもらうことが出来る。」それが導入すべき、信念だったような気が、今はする。

まあ、それはいいや。



もちろん、首尾よく嘘をついて、内定を取り付ける人も沢山いるし、単純にスキルや経験、情報を目当てに、採用しようとする管理者は多いだろう。

しかし、そんなもの、どこまで信用できるかなんて、わかったものじゃないと思う。私が採用担当なら、そうはしない。スキルで棲家を変えようとするものは、スキルだけの為に働き、またどこかへ流れていく。会社へ貢献するつもりなんて、自分の必要な利益を得るため程度でしかない。

そういう社員ばかりになれば、会社はいつか破綻すると思う。実際、破綻する様を見てきた。会社に問題が起きた時、まず自分に責任は無いということを、皆証明しようとする。解決策の議論が出来ない。問題点を誰も言わないからだ。

そして、多くの場合問題点は、管理者や幹部にある。管理者、幹部は忙しい。現場のパフォーマンスや、顧客の心理を直接取得するすべを持っている幹部は少ない。常にピントはずれなのだ。だから、幹部は伯付けに専念していればそれでいい。

金融資本主義という言葉が生まれるこの世の中は、正常だろうか。私はそうは思わない。付加価値が人間にとって最も必要なものだろうか。私はそうは思わない。人間にとって最も重要なのは、モチベーションである。

人類の歴史はモチベーションの歴史である。モチベーションが歴史を作り続けてきた。この国の今のモチベーションはなんだろうか。ただ食べて生きたいというモチベーションだけで、充分な待遇が与えられるだろうか。成果主義で最も得をするのは誰だろうか。


いずれ、労働者の時代が来る。末端の現場の労働者こそが、人間にとって最も重要な価値に気づいているからだ。本質的な意味でのビジネスは、人間の価値観を理解していなければ成り立たない。

しかし、金融資本主義はそれすらも奪い去る。労働者がその価値を表現できないのは、資金力という、単純で、機械的で、強大な力がそこに存在するからだ。

労働者の時代が来るには、労働者が行動を起こさなければならない。それは、「大人しくしていれば何とか生き残れる」という、マイナスの信念を実証するための行動ではなく、「人間にとって本当に必要な付加価値を生み出し、生き残るのは自分達だ」という信念を実証するための行動である。

既得権益を覆す革命が必要なのは、間違いなさそうだ。そのための、最も近い解決策は、やはり政権交代しかありえない。


私は今、完全に社会的弱者である。社会的弱者だからこそ、「社会的弱者だって、付加価値と自由と権利を生み出し、得ることが出来る」という信念を証明するために、行動していきたいと思っている。

日記

サッカー昨日今日。


いつもどおりサッカーを。

っていうか・・・京都VS浦和。もういいや・・・。って感じで。
シジクレイ、増島を出場停止で欠いて高さの無い京都、
トゥーリオのヘッドとコーナーかぶって4失点。
高原の一点目は、ちょっとラッキー?

って言うか田原の退場。阿部ちゃんかな、相手。
結構がつがつ行ってたように見えたけどね。

退場者出さないで欲しかったな。田原のバカ。
それまでは普通に闘えてたのに。もったいない。
加藤監督も退席のため、マジック不発。

名古屋が初黒星、鹿島が大宮に苦戦、G大阪は神戸に敗退。

マルキーニョス、ケガ?マルキーニョスもいないとなると、
ゴール前がさっぱりだなあ。鹿島。いくらでもスペースある相手から、
点が取れないというのは問題。ちなみにACL。取引くさかった。

大宮については、結構今良いと思う。
デニスとペドロ、吉原が好調で、それより後ろは計算できる。
金沢に決定力があれば、そこそこ出来ると思う。金沢は自信でしょ。

名古屋初黒星については、疲れという話もあるが雨もあるかなと。
あと、ヴェルディは元々内容が良かったし、河野もソコソコいいよ。
前節柏に圧敗したのは、分析不足でしょ。

アレックス入っただけで全然違う。茂原はちょっと遅いかな。
自己満足的でゴールに向かう怖さはいまいちかな。遠藤っぽい。
でもそういう選手好きなんだよね、代表関係者は。
って言うかなんで報道で名前出されないんだろう。

菊地も海外でやってるけど、海外で続けられるといいと思う。
実力社会だから、実力があればまた帰ってこれる。それだけだ。

Jリーグの発展というのは、選手のストレスや、
公人としてのプレッシャー増加も生み出している。
そのことを、まだ少年のうちにプロにしてしまう大人たちは、
ちゃんと伝えなきゃいけないし、ある意味、大人の息抜きも
教えなきゃいけない部分もあるかもしれないよ。

と、セルジオ風に。

後はまあ、別に。F東京の負けも別にって感じで。清水らしい勝ち方。
千葉の勝ち星なしは、飲み込み済みなんでしょう。
クゼって元々、若年層の強化で実績ある人だし。

松本とか、矢沢、青木、工藤、新居、青木良、使い物になりそうだし、
千葉は後半だと思う。レイナウドが稼動すればまた違うと思うし。

後はこれと言って無いなあ。GWで盛り上げたいだろうけど、
選手達には疲れが見えますね。

あ、G大阪が負けたけど、これも別に。
疲れがあるし、大久保は出来が良いと難しい。
カウンター得意の神戸にはめられた格好じゃないかな。見て無いけど。

川崎は劇的逆転勝利だけども、悩みは深いと思うね。
後ろがシュート打って勝ってるようじゃ、攻撃陣が自慢とは言えない。
もう一つかな。特にここの連携が全然良くなんないと思うけど。
テセ・ジュニ・憲剛・山岸この辺がもう少しスムーズだといいけど。

うーん。疲れてるので、全体的に批判的。セルジオってことで。

日記

京都VS新潟、3人退場事件について。


もう審判ネタはイヤだって、皆思ってるのに、また起きてしまった。

京都サンガVSアルビ新潟。

シジクレイが連続してイエローカードをもらって退場。アタリバがヒジ打ちで一発退場。増島が空中戦の接触で二回イエローもらって退場。加藤監督は退席処分。

試合をコントロールするって言う意味では、コミュニケーション不足も含めて、ちょっと褒められたレフェリングじゃないですな。だし、個別のカードが提示されたプレーについても、疑義があるし、ジャッジメント全体について、京都に不利なジャッジと不可解なジャッジが多かったようだ。

この試合は、NHKの新潟と京都で生中継されていて、それだけ波紋も大きかったよう。だというのに、民放の主要なサッカー番組を見ても、報道されないだなあ、これが。


で、ネット上では胡散臭い話が出てきた。なぜこうなったか、という理由の部分だ。

「(京都は)次節が浦和戦だから」だというのだ。

この声には、正直ビックリ。でも、不思議と、「無い無い」と思えない自分がいる。レッズサポはこういう声について、どう感じるだろうか。続きを読む